“眠れる獅子”として、長らくその実力を隠してきた米宇宙企業「ブルー・オリジン」が、ついに目を覚ました。
同社は秘密主義を貫き、大きな動きを公に見せることはなかった。しかし、新開発の大型ロケット「ニュー・グレン」の打ち上げ成功によって、その潜在能力を世界に示した。
ニュー・グレンは、ブルー・オリジンがこれまで培ってきた技術の集大成である。このロケットは同社にとって新たな一歩を象徴し、商業打ち上げや月面開拓、スペース・コロニー構想など、壮大な未来への道を切り開く可能性を秘めている。
ブルー・オリジンの野心はもはや陰に隠れていない。その動向は、宇宙開発の中で注目すべき存在となった。
ブルー・オリジン
ブルー・オリジン(Blue Origin)は、Amazon創業者として知られる実業家のジェフ・ベゾス氏が立ち上げた宇宙企業である。社名は、「地球という蒼い惑星(Blue)で、私たちは生まれ(Origin)、宇宙へ出発(Origin)する」という想いがこめられている。
設立は2000年で、イーロン・マスク氏率いるスペースXよりも2年早い。しかし、徹底した秘密主義にくわえ、開発スピードもそれほど早くなかったことから、同社は長らく、知名度も存在感も低かった。
同社はこれまでに、高度100kmの宇宙空間に人や科学装置などを運べるサブオービタル宇宙船「ニュー・シェパード(New Shepard)」を開発し、宇宙旅行や科学実験を目的に運用している。毎週のように衛星を載せたロケットを打ち上げているスペースXとは月とすっぽんである。
しかし、ベゾス氏とブルー・オリジンの目は、確実に遠くへ向いている。ベゾス氏はかねてより、ブルー・オリジンの目的を「何百万もの人々が宇宙で暮らし、仕事をする時代を実現するため」と語っている。それに向け、「月の経済開発をする」、「スペース・コロニーを実現したい」とも語っている。
そして、ブルー・オリジンは「Gradatim Ferociter (「段階的に、どう猛に」を意味するラテン語)」というモットーの下、静かに、しかし着実に開発を進め、徐々にその潜在能力を見せつけつつある。
ニュー・グレン
こうした中、同社が開発したのが、大型ロケット「ニュー・グレン」である。グレンとは、米国初の有人地球周回飛行を成し遂げた、ジョン・グレン元宇宙飛行士に由来している。
ロケットは2段式で、全長は93m、直径は7mもある。打ち上げ能力は、地球低軌道に45t、静止トランスファー軌道に13tとかなり大きい。NASAの「スペース・ローンチ・システム(SLS)」、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」に次いで、現在運用中のロケットの中で3番目に強力である。
なにより、衛星フェアリングの直径も同じく7mで、現在運用中の他のロケットより大きなものを載せることができる。これにより、規格外に巨大なアンテナをもつ衛星の打ち上げや、小型衛星を大量に積んだ打ち上げなどに対応できる。
そして、最大の特徴は、第1段機体を船へ着陸させて回収し、再使用することが可能なところである。同社によると、25回以上の再使用が可能だという。これにより、打ち上げの高頻度化、コスト削減を実現できるとしている。
第1段機体の再使用は、スペースXが「ファルコン9」ロケットで先鞭を付けた技術である。ただ、ニュー・グレンにはストレーキ(機体に沿って装着された細長い翼)が装着されているなど、ファルコン9とは異なる技術を使っている。着陸に向けた降下時に、ある程度の滑空飛行ができるようにすることで、より効率的な回収を行う狙いがあるものとみられる。
なお、ストレーキなど機体の一部は茶色か金色に見える。この色は「コメット」と名付けられた断熱材の色で、当初は白く塗装する予定だったが見送られた。
回収船の名前は「ジャックリン(Jacklyn)」で、これはベゾス氏の母親の名前に由来している。
第2段機体については、当面は使い捨てで運用されるが、再使用可能な第2段機体「プロジェクト・ジャーヴィス」の開発が進んでいるとされる。ただし、秘密主義な同社らしく、その具体的な姿かたちや仕組み、開発状況などは明らかになっていない。
ニュー・グレンのもうひとつの特徴が、新開発の第1段ロケットエンジン「BE-4」である。
BE-4は、液化天然ガスと液体酸素を推進剤とする高性能エンジンである。ニュー・グレンの第1段に7基装備することで、強大な推進力を実現している。また、着陸するためのスロットリング(推力可変)能力をもち、再使用性ももつ。
このエンジンは同社が独自に開発したもので、これまで大型エンジンの開発経験がなかったにもかかわらず、これほど高性能かつ複雑なエンジンを仕上げたことは驚くべきことである。
なお、BE-4は、同じ米国の宇宙企業ユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の新型ロケット「ヴァルカン」の第1段エンジンとしても採用されている。競合他社でもあるが、外販という形でビジネスが成立している。ヴァルカンは2024年1月に初飛行し、これまでに2機すべてが打ち上げに成功している。
ニュー・グレンの第2段には、液体酸素と液体水素を推進剤とする「BE-3U」ロケットエンジンを2基装備する。BE-3Uは、前述したサブオービタル宇宙船ニュー・シェパードで使用されているBE-3から派生したエンジンである。もっとも、その姿かたちも、エンジンサイクル(エンジンを動かす仕組み)も大きく変わっており、基本的には名前が同じだけの異なるエンジンである。
さらに上段として、「ブルー・リング(Blue Ring)」を搭載することもできる。ブルー・リングは、科学機器などを搭載して実験や観測に利用できる軌道上プラットフォームである。さらに、複数の衛星を異なる軌道に投入したり、他の衛星にドッキングして燃料を補給したりと、多用途な運用を可能にしている。これにより、ニュー・グレンの柔軟性の向上に大きく役立つ。
ニュー・グレンは当初、2019年の初打ち上げを目指していたが、BE-4エンジンをはじめとする開発の遅れによりスケジュールが大幅に遅延した。さらに2019年には、米国空軍(現宇宙軍)の国家安全保障宇宙打ち上げ(NSSL)、すなわち軍や米国家偵察局(NRO)などの衛星の打ち上げプログラムの事業者に採択されなかった(2024年に再挑戦し採択)ため、一時的に開発の優先度が下がったこともある。
その後、昨年秋に初打ち上げが設定されたものの、準備が整わず、こんにちまで延期を重ねた。