米宇宙企業ブルー・オリジンは2023年2月10日、月のレゴリスを模した砂から、太陽電池や送電線を造り出す技術の実証に成功したと発表した。

同社ではこの技術により、地球から材料を持ち込まなくても、月面のどこにでもある物質を使って電力システムを現地生産することができることから、有人月探査や将来の月面基地建設などに役立つとしている。

  • ブルー・オリジンの「ブルー・アルケミスト」によって、月のレゴリスを模した物質から造られた太陽電池の試作品

    ブルー・オリジンの「ブルー・アルケミスト」によって、月のレゴリスを模した物質から造られた太陽電池の試作品 (C) Blue Origin

ブルー・アルケミスト

現在、米国航空宇宙局(NASA)などが国際有人月探査計画「アルテミス」を進めているように、人類は月を大きなターゲットと見据え、有人探査や滞在に向けた研究、開発を進めている。

もし将来、宇宙飛行士が月に滞在し続けたり、月面基地や都市を建設、運用したりすることを考えたとき、その実現のためには、安定的かつ大きな電力が必要不可欠となる。

発電にはさまざまな種類があるが、月には大気がなく、また月の南極や北極にはほぼ常時太陽の光が当たり続ける領域もあることから、太陽光発電は有望な選択肢となりうる。しかし、太陽電池や送電線、あるいはその材料などを地球から月に持ち込もうとすると、大きなロケットを何回も飛ばす必要があり、莫大なコストがかかってしまう。

そこで、米国の宇宙企業ブルー・オリジン(Blue Origin)は、月のレゴリス(砂)から、太陽電池や送電線を造り出すことを目指した、「ブルー・アルケミスト(Blue Alchemist)」プロジェクトを2021年から進めてきた。レゴリスは一見、ただの砂のようにも見えるが、地球の砂と同じように、塵や岩石のかけらだけでなく、鉄などの鉱物やガラスも含まれている。

同プロジェクトではまず、月のレゴリスと化学的、鉱物学的にほぼ同じ、レゴリスを模した物質を作成。単にレゴリスに近いというだけでなく、できる限り実際に月にあるものと同じ粒子の大きさや化学的性質をもたせた。

続いて、このレゴリス模擬物質を非接触で溶かし、移動させる技術を開発。溶かしたレゴリスの温度は1600℃を超えるものの、高温・腐食環境に耐えながら、高い電力効率で移動させることができ、月の環境での使用に適しているという。

そして、こうして溶かしたレゴリス模擬物質を電気分解する化学反応炉も開発。レゴリスから鉄やケイ素(シリコン)、アルミニウムを取り出す技術を確立するとともに、さらにこれらの元素と結合している酸素を分離する技術も編み出した。このうち鉄やケイ素などは太陽電池や送電線の材料に、酸素はロケットの推進剤や生命維持に使えるとしている。

とくにケイ素は、99.999%以上という高純度で精製でき、効率のいい太陽電池を造ることができるという。また、地球で一般的なケイ素の精製法では、毒性と爆発性のある化学物質を大量に使う必要があるものの、ブルー・アルケミストでは太陽光と化学反応炉のケイ素のみを使うため安全性が高いという。

さらに、月の過酷な環境、とくに放射線による劣化から太陽電池を守るためには、頑丈なカバーガラスも必要になるが、この技術を使えば溶かしたレゴリスからカバーガラスを造ることもでき、その耐用年数も10年以上が見込まれるという。

くわえて、ブルー・アルケミストは二酸化炭素の排出量がゼロ、水の使用量もゼロ、さらに有害物質や化学物質もゼロで太陽電池を造れるため、環境に優しい太陽電池の製造方法として地球にも還元できる可能性があるとしている。

ブルー・オリジンはブルー・アルケミストのため、必要な人材と設備をひとつの研究所に集めた。人材面では地質学者から地球化学者、電気、冶金、材料、光電池、流体力学、機械・電気工学、ロボット工学、宇宙工学、システム工学などの、さまざまな分野の専門家を集めてチームを結成。そのうえで、レゴリス模擬物質から太陽電池や送電線に変換するエンドツーエンドの課程すべてに対応できるよう、品質管理や耐用年数の試験などに必要な設備を整えた。

ブルー・オリジンでは「この技術は無限に拡張することができ、月面のあらゆる場所で電力を生み出し、月面活動における電力の制約をなくすことができます」と語る。

「月のレゴリスから太陽電池などを造るというビジョンは、技術的に野心的なものです。しかし、その技術はいま、現実のものとなりました。月の資源だけを使って太陽光発電を造るという目標はまた、米国航空宇宙局(NASA)が進める『月から火星へのインフラ整備』という目標とも合致しています」。

ブルー・オリジンはAmazonの創業者としても知られるジェフ・ベゾス氏が立ち上げた宇宙企業で、現在はサブオービタル宇宙船を使った宇宙観光ビジネスを展開。現在は大型ロケット「ニュー・グレン」の開発を進めているほか、将来的には月面都市やスペース・コロニーの建設も目指している。

  • 月面における太陽光発電所の想像図

    月面における太陽光発電所の想像図 (C) Blue Origin

参考文献

Blue Alchemist Technology Powers our Lunar Future | Blue Origin
About Blue | Blue Origin