東北大学、佐賀大学、筑波大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)、九州大学(九大)、理化学研究所(理研)、J-PARCセンターの7者は11月28日、カゴメ格子状の新しい量子磁性体を合成し、これまで未観測の静的な「短距離磁気秩序」を発見し、同磁性体において相転移に関する普遍的な理論として知られる「パーコレーション理論」の予測と一致する「相転移」を物理的に実証することに成功したと発表した。
同成果は、東北大大学院 工学研究科の鄭旭光特任教授(佐賀大 理工学部教授)、佐賀大 理工学部の山内一宏准教授、東北大大学院 工学研究科の徐超男教授、同・内山智貴助教、同・陳迎教授、JAEAの萩原雅人研究員、筑波大 数理物質系の西堀英治教授、九大大学院 工学研究院の河江達也准教授、理研 仁科加速器科学研究センターの渡邊功雄専任研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
物質の相転移とは、温度や圧力などの条件の変化により、物質が異なる物理的状態に移行する現象全般を指す。最もよく知られた例が、温度変化で物質が固体・液体・気体に変化すること。そして同現象に関する普遍的な理論として、多くの分野で応用されているのが、スポンジへの水の浸透や、伝染病の感染などの普遍現象を単純化した数学的モデルであるパーコレーション理論だ。同理論は、浸透率や感染率(確率)などに応じて、ある値を境に様相が一変するという臨界現象が起きることから、その臨界確率やしきい値がどれほどなのかという問題を考えたものである。
代表的な相転移の1つである「磁気転移」は、温度変化で物質中のスピンが整列し、秩序を持った状態に移行することを指す。量子コンピュータや省電力ストレージなどにとって重要だが、パーコレーション理論の有効性については、従来の単純モデルを用いた数値計算により検証されているのみで、物理学的な実証が未達成だったとする。そこで研究チームは今回、新規の結晶構造を持つ磁性体「Cu4(OH)6Cl2」を合成して詳細に調べたという。
その結果、同磁性体は従来にない特異な磁気的性質を示すことが発見されたとのこと。同磁性体は、磁気秩序を形成するスピンが、原子などが籠の目のように並ぶカゴメ格子という幾何学的に配置を取り、低温になるとスピンが整然とした「長距離秩序」を形成する。
具体的には、従来の磁気転移では、スピン同士が短い距離でクラスターを形成する際にクラスター同士は固定されず、スピンが流動的に揺らぐ動的な短距離秩序が一般的だった。これは、原子間距離が長距離秩序を成す氷結晶に転移する前の水の流動的な状態に相似するという。
しかし同磁性体では、スピンの一部のみが短距離秩序化し、残りのスピンはカゴメ格子に起因する量子力学的な状態の「スピン液体」(絶対零度でもスピンが規則的に整列せず、量子的にもつれた多くの状態が重なりあった状態)にある。温度低下に従い、短距離秩序のスピンクラスターが成長するが、スピン液体を侵食するような形でその割合が増加する。このスピン液体が量子力学的にもつれた多くの状態が重なりあった状態にあるため、隣接しているスピン液体が全体の後押しを受けるような形で短距離秩序の成長を抑える方向に働く「ピン留め効果」を発揮する。この働きにより、短距離秩序のスピンクラスター集団が固定されていると考えられ、特異な静的短距離秩序をもたらす。この得意な秩序の物理的な観測は、今回が初めてとした。
さらに、スピンクラスターの短距離秩序とスピン液体のせめぎ合いで保たれている均衡は、温度の低下に伴って秩序化する方向に徐々に傾き、短距離秩序が他に例のない線形的な増加を示すことが確認された。また、単純モデルの「二次元正方格子」におけるパーコレーション理論の予測しきい値0.5とほぼ一致する0.492(±0.008)の実験値が得られ、同理論の有効性が実証されたという。
-
スピン液体(青い矢印ペア)とせめぎ合いながら、線形的に成長するスピンクラスター(短距離秩序、白抜き赤★)の様子。絶対温度5.5Kでスピンクラスターの割合がスピン液体と等しくなり、すべてのスピンが一気につながった長距離秩序(塗りつぶし赤●)へ転移する(出所:東北大プレスリリースPDF)
研究チームは今回の研究成果に対し、磁気転移に関する基礎的な理解を深める重要なものとする。特に、量子スピン系の磁気転移におけるパーコレーション理論の有効性が実証されたことは、磁性体研究の発展や量子スピン系の科学的理解に寄与するものだという。同時に同理論が複雑な実在物質系での厳密な物理学検証によって証明されたことで、材料科学、電気伝導、生物学、ウイルスの増殖など、多くの分野への波及効果も期待できるとする。
さらに静的な短距離磁気秩序の発見は、量子コンピュータや高度な情報処理技術における、より安定した量子状態の実現に貢献する可能性もある。また、量子工学などの研究への波及効果も見込まれ、新しい磁性材料の特性を活用したエネルギー変換デバイスや電子機器の開発への応用が期待されるとしている。