広島大学と京都大学(京大)は11月19日、新たに開発した「π電子系骨格」を用いて合成した「ポリマー半導体」の電荷移動度を高めることに成功したこと、ならびに同半導体を用いて開発した「有機トランジスタ」と「有機薄膜太陽電池」において、前者では電荷移動度が、後者ではエネルギー変換効率がそれぞれ向上したことを確認したことを発表した。
同成果は、広島大大学院 先進理工系科学研究科 応用化学プログラムの尾坂格教授、同・三木江翼助教、同・森奥友和大学院生(研究当時)、同・駿河翔太大学院生(研究当時)、同・羽田百伽学部生、京大大学院 工学研究科の大北英生教授、同・佐藤友揮大学院生らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立化学会の機関学術誌「Chemical Science」に掲載された。
ポリマー半導体は、炭素-炭素単結合と二重結合が交互に連なった「π共役構造」を主鎖に持つ有機高分子化合物で、プラスチックでありながら半導体の性質を持つ日本発の材料として知られている。有機溶剤に溶けることから、印刷プロセスで容易に薄膜化でき、プリンタブルデバイスに応用されていることに加え、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池などの次世代電子デバイスへの応用も期待されている。
有機トランジスタや有機薄膜太陽電池などを高性能化するために重要な課題の1つが、高い電荷移動度を示すポリマー半導体を開発することとされている。電荷移動度とは、半導体中を電荷が単位電界に対して移動する速さを示したものであり、ポリマー半導体の電荷輸送性を高めるためには、ポリマー主鎖の共平面性や剛直性を高めることが重要とされている。ポリマー主鎖に沿って電荷が流れやすくなることに加え、ポリマー主鎖同士が近づきやすくなるため、主鎖間でも電荷が流れやすくなるためで、その実現にはポリマー主鎖を構成するビルディングユニットとして、「縮合多環(縮環)系π電子系骨格」を導入することが有効と考えられている。特に、チオフェンを構造末端に縮環してπ電子系骨格を拡張することで、隣接するユニットとの立体障害が軽減され、ポリマー主鎖の共平面性と剛直性が向上するという。このことから、チオフェン縮環π電子系骨格の開発こそが、高性能なポリマー半導体を開発する上で重要な課題となっていたという。
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(a)ポリマー半導体の模式図。ビルディングユニット(π電子系骨格)の構造拡張により、ポリマー主鎖の剛直性や相互作用が向上する。(b)構造末端にチオフェンを縮環することによる効果。例えば、6員環であるベンゼンを縮環した時に比べると、5員環であるチオフェンを縮環することで、立体障害が軽減され、ポリマー主鎖の共平面性が向上し、より剛直性や相互作用が向上する。(c)広島大の研究チームがこれまで用いていた縮環π電子系骨格「NTz」と今回の研究で開発されたチオフェン縮環π電子系骨格「TNT」の化学構造 (出所:広島大プレスリリースPDF)
そうした中、広島大でこれまでの研究から開発されたのが、π電子系骨格「ナフトビスチアジアゾール」(NTz)を有するポリマー半導体で、NTzを有するポリマー半導体は、分子間相互作用が強く、電荷輸送性が高いため、有機トランジスタや有機薄膜太陽電池において高い性能を示すことが期待されているという。そこで研究チームは今回、ポリマー半導体のさらなる高性能化を目指し、NTzの末端にチオフェンを縮環したπ電子系骨格である「ジチエノナフトビスチアジアゾール」(TNT)の開発を進めることにしたという。
NTzのような電子不足性のπ電子系骨格にチオフェンを縮環することは、反応機構上、困難とされる。そこで今回の研究では、以前、名古屋大学で開発されたチオフェン縮環反応に、さらにマイクロ波を用いることで、反応が効果的に進行し、TNTが比較的高収率で得られることが発見されたとする。
また、TNTを有するポリマー「PTNT2T」と「PTNT1-F」が合成され、NTzを有するポリマー「PNTz4T」と「PNTz1-F」と物性やデバイス性能の比較としてポリマーの分光測定が実施されたところ、TNT系ポリマーはNTz系ポリマーに比べて、ポリマー主鎖の剛直性やポリマー主鎖間の相互作用が向上していることが判明。これを受けて、これらのポリマー半導体を活性層に用いた有機トランジスタを作製して比較を行ったところ、TNT系ポリマーはNTz系ポリマーに比べて高い電荷移動度を示し、特に、PTNT2Tはアモルファスシリコンと同等の移動度である1.0cm2V-1s-1を超える値を示したという。加えて、PTNT1-Fを発電層に用いた有機薄膜太陽電池セルは、PNTz1-Fを用いた有機薄膜太陽電池セルよりも1.3倍高い、有機薄膜太陽電池の世界最高水準に匹敵する17.4%のエネルギー変換効率を示したとした。
なお、研究チームでは、今回の研究成果について、次世代型技術として期待される有機薄膜太陽電池の高効率化を可能にする高性能なポリマー半導体の開発に向けた重要な成果といえるとしている。