トヨタ自動車が生成AI活用を加速している。同社は、人が細かく指示を出さなくても自律的に作業をこなす「AIエージェント」を複数搭載した独自システム「O-Beya (大部屋)」を開発し、2024年1月より運用を開始している。

パワートレイン(駆動装置)開発部門で約800人のエンジニアがそれぞれの分野に特化したAIエージェントを活用して設計・開発スピードを高めている。AIエージェントの活用によって、無駄を省くだけでなく、定年を迎える多くの熟練エンジニアの知見を継承していく狙いもあるという。

トヨタの伝統的な経営手法である「大部屋方式」にちなんだO-Beyaとは、一体どのようなシステムなのだろうか。

  • トヨタのエンジニアがAIエージェントシステム「O-Beya (大部屋)」に相談している様子 提供:Microsoft公式ブログ

    トヨタのエンジニアがAIエージェントシステム「O-Beya (大部屋)」に相談している様子 提供:Microsoft公式ブログ

専門知識を持つ9つのAIエージェントを活用

米Microsoftが19日(現地時間)、同社の公式ブログでトヨタのAI活用事例を紹介した。トヨタが開発したO-Beyaは、Microsoftの生成AIサービス「Azure OpenAI Service」によって構築されている。「RAG(検索拡張生成)」という技術を活用し、LLM(大規模言語モデル)にトヨタが持つ設計データなどあらゆる情報を読み込ませて回答精度を高めた。エンジニアが24時間365日いつでも相談できる「仮想の大部屋」を作り上げている。

具体的には、9つのAIエージェントを実装。それぞれのAIエージェントは「振動」や「燃費」、「環境」といったさまざまな分野の専門知識を持ち、ユーザーは質問内容に応じて複数のエージェントを同時に選択することができる。例えば、エンジニアが「より速く走る車を作るにはどうすればよいか」と質問した場合、エンジンに詳しいAIエージェントはエンジン出力の観点から回答するが、規制に詳しいAIエージェントは排出ガス規制の観点から回答を提案する。

  • トヨタ会館に展示されている新型車 提供:Microsoft公式ブログ

    トヨタ会館に展示されている新型車 提供:Microsoft公式ブログ

パワートレインは、エンジンからタイヤまでの動力伝達を担う重要な基盤だ。その設計には、エンジン、バッテリー、走行性能、さらにはエンジン音に至るまで、多岐にわたる専門知識が欠かせない。一方で、これらの専門知識持つエンジニアの多くはベテラン世代だ。熟練エンジニアの多くが定年を迎えることで、その知識が失われる可能性がある。同社はAIエージェントを活用することで、これらの知識を次世代に継承していきたい考えだ。

エンジニア800人が活用「情報を探すことが容易に」

O-Beyaは、トヨタが持つ過去の設計報告書や最新の法規制情報、熟練エンジニアの手書きの文書から得られるさまざまな知識を持つ。ユーザーとの対話履歴やAIの回答に対する人間の専門家による評価も蓄積されている。同社は今後、技術図面などの視覚的な情報もO-Beyaに取り込んでいく計画だ。

2024年1月のシステム運用開始以降、エンジンやトランスミッション、ドライブシャフト、アクスルなど、パワートレイン関連の開発に携わる約800人のエンジニアたちがO-Beyaを活用している。月間の利用回数は数百回におよぶという。

燃費性能と環境規制を専門とする中村剛啓氏もO-Beyaを活用するエンジニアの1人だ。これまでは情報を探し出す際、膨大な文章に目を通して答えを見つけ出すまでに相当な時間を要していたが、AIエージェントを活用してからは「情報を探すことが格段に容易になった」(中村氏)とのこと。

  • 燃費性能を専門とするエンジニアの中村剛啓氏 提供:Microsoft公式ブログ

    燃費性能を専門とするエンジニアの中村剛啓氏 提供:Microsoft公式ブログ

AIエージェント開発を進めるトヨタ「ますます複雑化する」

自動車は基本的に、パワートレイン (動力系統)、ボディ(車体)、そしてサスペンションとステアリング、ブレーキから成るシャシー (足回り) という3つの主要部分で構成されている。

従来、パワートレーンはエンジンとトランスミッションのみで構成され、タイヤに動力を伝えるだけだったが、ハイブリッド車の登場により、モーターとバッテリーという新たな要素が加わった。さらに電気自動車(EV)が登場し、充電機能も必要となった。自動車製造がますます複雑化する中、同社はさらにAIエージェントの種類を増やしていく考えだ。

例えば、「消費者の声」に特化したAIエージェントの開発。特定の車種に関する顧客からの最も一般的な不満を教えてくれるエージェントだ。消費者から新型車に対して「エンジン音が気になる」という不満が多かった場合、エージェントがエンジニアに忠告する。「どのような状況で気になるのか」と追加質問すれば、詳しい状況を教えてくれるようなエージェントだ。

生成AIプロジェクトのリーダーである大西健二氏は「トヨタは今、自動車会社からモビリティカンパニーへと進化を遂げようとしている。現在直面している最大の課題は、開発項目が急速に増加していることだ。自動車製造がますます複雑化する中で、AIエージェントの種類は増加の一途を辿るだろう」と述べている。

  • O-Beyaシステムプロジェクトリーダーの大西健二氏 提供:Microsoft公式ブログ

    O-Beyaシステムプロジェクトリーダーの大西健二氏 提供:Microsoft公式ブログ