体温付近の約35度を超えると強く接着し、下回ると接着力が1000倍落ちてはがれやすくなる「ハイドロゲル接着剤」を、東北大学のチームが開発した。海の潮の満ち引きがある場所で岩や人工物に強力にくっつくムラサキイガイから着想した。ヒトの体内に神経伝達物質として存在するドーパミンからできていること、水分をもともと含んでいることとから、機器の生体表面への接着や止血など医療現場での応用が期待できる。

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    ハイドロゲル接着剤は、ドーパミンを溶かした液体の上部にできる(東北大学の阿部博弥准教授提供)

ムール貝とも呼ばれるムラサキイガイは、付け根から伸びる足糸に接着タンパク質があり岩などにくっつく。東北大学学際科学フロンティア研究所の阿部博弥准教授(高分子化学)は、この接着タンパク質にはベンゼン環に水酸基が2つ結合した化学構造(カテコール基)が多く含まれていることから、水中での接着が可能になっていることに着目した。

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    ムラサキイガイは赤の点線で囲った貝の付け根から足糸を出して岩などに付着する(東北大学の阿部博弥准教授提供)

医療現場での需要などから水の中で使える接着剤はすでにあったが、組織を傷つけずに安全にはがせるものは少ない。阿部准教授は空気と液体の境目で起きる「空気酸化界面重合」によるゲル化を研究してきた。低温で柔らかい親水性、高温で硬い疎水性に変わる温度応答性高分子と、接着力のあるドーパミンを弱アルカリ性の水溶液に混ぜてセ氏40度で24時間置くと、同界面重合により液体上部に固めのハイドロゲルができた。さらに室温で24時間放置すると、ハイドロゲルは少し柔らかくなり2層になった。

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    空気酸化界面重合によって透明な水溶液の上部に黒色のハイドロゲルができる様子(東北大学の阿部博弥准教授提供)

このハイドロゲルをガラス基板に貼り付けると、約35度以上になるとゲルが縮んで100キロパスカル(1平方センチメートルに1キログラム)以上の強さでくっついた。同35度以下ではゲルが伸びるため0.1キロパスカルと1000分の1程度まで落ちて容易にはがせた。

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    ハイドロゲルは約35度以上になるとゲルが縮んで100キロパスカル(kPa)の力でくっつくが、温度が低くなると0.1kPa程度まで落ちる(東北大学の阿部博弥准教授提供)

ガラス以外の基板で試すと、チタン、アルミニウム、フッ素樹脂のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)のいずれでも、25度だと接着強度は40度に比べて極端に落ちた。ブタの皮膚を使った実験でも同じ傾向だった。電極を埋め込んだハイドロゲルを40度の温水中に入れ、10分以上安定してヒトの生体電位を計測できることを確かめたという。

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    どんな基板でも、25度だと40度に比べて接着強度は極端に落ちる(東北大学の阿部博弥准教授提供)

ハイドロゲルの空気と触れていた部分はドーパミン分子同士が至るところではしごがかかったようにつながった架橋構造をとり、硬く固まった「タフゲル層」となる。タフゲル層はカテコール基が架橋に関わるために接着性が低くなるが、架橋反応が進んでいない下層は、いろいろな方向を向いているカテコール基が「接着層」として機能する。

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    ハイドロゲル接着剤の模式図。タフゲル層の茶色い点が架橋部分を表す。半透明な接着層にあるカテコール基が接着に関わっている(東北大学の阿部博弥准教授提供)

ハイドロゲル接着剤は水中での接着性を持つことに加え、外部から温度を変えることで接着と剥離を制御できる。デバイスと生体組織を安定して接合するだけでなく、生体組織を傷つけずにデバイスを取り外せるメリットがある。生体電気信号のモニタリングや低侵襲で行う傷の治療など医療用途への応用も期待できるという。

研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業や日本学術振興会科学研究費の助成を受けて行い、材料科学分野の専門誌「NPGアジアマテリアルズ」電子版に10月11日に掲載された。

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