京都大学(京大)、千葉大学、大阪大学(阪大)、東京大学(東大)の4者は10月28日、物質内部でテラヘルツ(THz)波の磁場強度を増強させ、非熱的にスピンの方向を約1ピコ秒(1兆分の1秒)の時間内に変化させる方法を発見したと共同で発表した。
同成果は、京大 化学研究所の廣理英基准教授、同・章振亜博士研究員、同・金光義彦特任教授、同・丸山慶大学院生(研究当時)、千葉大大学院 理学研究院の佐藤正寬教授、同・金賀穂大学院生、阪大 レーザー科学研究所の中嶋誠准教授、東大 物性研究所の栗原貴之助教、東海大学工学部の立崎武弘 講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学および材料工学全般を扱う学術誌「Nature Materials」に掲載された。
Beyond 5G/6Gなどの今後の通信周波数では、従来のギガヘルツを超えた光と電波の中間の周波数帯に位置する電磁波であるテラヘルツ(THz)波帯域(~1012Hz)を用いた高速通信技術の構築が期待されている。
また、次世代の低消費電力化・高密度化に向けてスピントロニクスによる情報ストレージ・情報通信関連技術が期待されている。スピントロニクス材料としては、隣り合うスピン(原子磁気モーメント)が反平行に規則正しく配列し、全体の磁化がゼロもしくは小さいことを特徴とする反強磁性体が注目されている。また同磁性体は、そのスピン集団運動モードがTHz波帯域に達していることから、THz波による反強磁性体のスピン制御が期待されているが、従来の可視光やTHz波によるスピンの励起方法では、長寿命の加熱効果が生じるため、高速なスピン制御が困難だったという。
そこで研究チームは今回、これまでに実現されている世界最高クラスの強度を実現できるTHz波発生技術と、独自に考案したメタマテリアル金属マイクロ共振器(金属メタマテリアル)を融合することで、高強度のTHz磁場パルスの実現を目指すことにしたとする。
メタマテリアルは、電磁波の波長よりも小さなミクロ構造が刻まれた物質群のことで、同構造の形状に依存して、通常の物質とは異なる電磁波応答を発現させられる点を特徴としている。今回の研究では、反強磁性体試料としてサマリウム・エルビウム・鉄からなる酸化物「Sm0.7Er0.3FeO3」が用いられた。同物質は、室温付近(絶対温度310K=約37℃)でスピン再配列転移を示し、それより高温側では巨視的磁化(秩序変数)が異なる2つの方向に向いた安定な状態が存在しているという。
実験では、サンプル温度が高温側の311Kに設定され、表面の金属メタマテリアル構造を利用して、試料に対して面直方向に1テスラ(T)を超えるTHz磁場パルスを印可したところ、強磁性モード(0.05THz)と反強磁性モード(0.55THz)の振動が観測されたという。反強磁性体を含む磁性体においてTHz波により駆動されるスピン運動は、一般に巨視的磁化の変化として記述され、光の偏光の変化として観測可能だという。THz磁場強度が1Tを超えたところ、偏光変化の時間波形に長寿命のオフセット成分が現れ、磁場強度に対して急峻な依存性が観測されたとのことで、このしきい値応答は、初期の安定状態とは異なるもう1つの状態にスピンの向き(巨視的磁化の向き)が変化したことが示されていると研究チームでは説明する。
また、磁化ダイナミクスの強度依存性と温度依存性の観測による「Landau-Lifshitz-Gilbert方程式」から導出された「sine-Gordon方程式」によって、統一的・定量的に説明できることが示されたともしており、この解析により、THz振動磁場により反強磁性モードが励起され、さらに同モードと強磁性モードとの結合効果が、「磁気的エネルギー」(スピンの運動を決定する磁性体中のスピンが感じるエネルギー)の動的な変調をもたらすことが示されたという。これにより、スピンスイッチングを引き起こす強磁性モード(0.05THz)に対して非共鳴的なTHz磁場(0.46THz)を印加しているにも関わらず、強磁性モードが強く励起され、磁化は磁気ポテンシャル障壁から遠ざかる方向に運動して高いエネルギーを獲得。そして、THz磁場パルスが消えるとポテンシャルの変調・変化も消滅し、磁化は慣性効果によって障壁を超えてスイッチングすることが突き止められたとする。
なお、研究チームによると、今回観測された新たなTHz波に対するスピン応答は、スピントロニクスに新たな動作原理を提供し、次世代のTHz基盤技術を創出することが期待されるとしているほか、THz磁場パルスは、さまざまな量子スピン系への応用が可能であり、基礎研究に新たな実験方法を提供するともしている。