東北大学は10月22日、空気を燃料とし、地上からのミリ波ビームで推力を得る「マイクロ波ロケット」において、その設計や性能向上に不可欠とされる「ミリ波放電プラズマ」の「電離波面」の進展機構に関して、プラズマを生成する入射ミリ波と、プラズマによって反射されるミリ波の干渉で生じる「定在波」を観測し、その時間変動を分析することで、その進展様式を区別する観測手法を発表した。

同成果は、東北大大学院 工学研究科の鈴木颯一郎大学院生、同・高橋聖幸准教授らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学協会が刊行する応用物理学に関する全般を扱う学術誌「Journal of Applied Physics」に掲載された。

現在の化学ロケットは、1kgのものを打ち上げるのに数十万~数百万円ものコストがかかるため、宇宙の活用を促進するためにはさらなるコスト削減手法の実現が求められている。この問題を解決するため、東京大学(東大)と量子科学技術研究開発機構が2003年に共同で提案したのが、マイクロ波ロケットと呼ばれる技術だという。同ロケットの内部は空洞で、上端に凹面鏡が備えられており、エンジンも燃料タンクもない簡素な構造が特徴で、その内部に向けて地上から高出力のミリ波ビームを照射して凹面鏡で集光させることで、上方から吸い込んだ空気をプラズマ化(よって1段目ロケットに適している)。生成された「ミリ波放電プラズマ」が空気を急激に加熱することで衝撃波を発生させ、その圧力により推力を得ようという仕組みだという。

  • マイクロ波ロケットの推力獲得サイクル

    マイクロ波ロケットの推力獲得サイクル (出所:東北大プレスリリースPDF)

燃料などを必要とせず、構造も簡素なことなどから、化学ロケットよりもコストを削減できることが期待されている。ミリ波ビームの発振設備の建設に初期費用がかかるものの、繰り返しの使用で償却できるとされ、化学ロケットの1段目をマイクロ波ロケットに置き換えた場合、約2000回の打ち上げでコストが従来の1/4になると試算されている。

マイクロ波ロケットの設計や性能向上に不可欠なのが、ミリ波放電プラズマがビーム源に向かって波のように進展していく領域である電離波面の進展メカニズムの解明だが、そのためには数値シミュレーションが有効とされるものの、その進展速度やプラズマの構造を正確に予測できる数値モデルが存在しないことが課題だったという。

これまでの東大の実験から、投入エネルギーあたりの推力が最大になる電離波面の進展速度が、機体の長さに依存することが報告されており、その予測こそがマイクロ波ロケットの設計において重要とされている。また、実験時のハイスピードカメラでの観測で、ビームの中心の電離波面の先端部の速度が毎秒1000m、ビームの中心軸から離れた電離波面の辺縁部では粒状プラズマが毎秒400mで連続的に進展する様子が捉えられていた。多数のプラズマの粒の発光の影響で、電離波面の中心部は死角となっていたが、辺縁部との類推から中心部も連続的に進展しているものと予想されたという。

  • ハイスピードカメラで観測されたミリ波放電プラズマの概要図

    ハイスピードカメラで観測されたミリ波放電プラズマの概要図 (出所:東北大プレスリリースPDF)

その一方で、研究チームが独自開発した数値モデルを用いた一次元シミュレーションにおいて、低いビームパワー密度では連続的に進展する毎秒200mの電離波面が、高いビームパワー密度では離散的に進展する毎秒1400mの電離波面が得られたとする。同シミュレーションは一様なビームパワー密度で行われたが、実験ではビームの中心部ほどビームパワー密度が高まることから、仮に電離波面の中心部が連続的ではなく離散的に進展していて、中心部と辺縁部の進展様式が異なる複合的な構造である場合、上述のハイスピードカメラで得られた進展速度を説明できる可能性が考えられたという。そこで研究チームは今回、電磁波の干渉を用いて、電離波面の進展が連続的か離散的かを観測する新しい手法を提案し、その有効性を数値シミュレーションにより検証することで、数値モデルの妥当性を調べることにしたとする。

  • ミリ波放電プラズマの電離波面進展仮説

    ミリ波放電プラズマの電離波面進展仮説 (出所:東北大プレスリリースPDF)

ミリ波放電プラズマの電離波面が連続的に進展する時は滑らかな波形となり、電離波面が離散的に進展する時は急激な波形の変動があるため、その違いから事前に進展様式を区別できることが予想され、実際の結果もその通りになったとした。

  • 今回の研究で提案された手法の概念図

    今回の研究で提案された、電磁波の干渉を用いて電離波面進展が連続的か離散的かを識別する手法の概念図 (出所:東北大プレスリリースPDF)

また解析の結果、波形の周波数は電離波面の進展速度に比例することが判明。離散的に進展する時には、進展速度に比例する周波数を持った時間変動波形に、さらに高周波な波形が重畳されており、その極大値や極小値のタイミングがプラズマスポットの形成タイミングと一致していることが確認された。このことから、時間変動波形から電離波面の進展様式が今回の手法で観測できる可能性が示唆されたとする。

  • 数値シミュレーションの結果

    数値シミュレーションの結果。(a・b)電子数密度の分布で、黄色の濃い点が電離波面。(a)電離波面が連続的に進展する場合。(b)電離波面が離散的に進展する場合。(c・d)(x/λ,y/λ)=(0.01,2.5)の点における定在波強度の時間変動。(c)滑らかな時間変動をしている。(d)急激な増減が見られる。(e・f)(c・d)の波形のフーリエスペクトル。(f)においてのみ高周波成分が重畳されている (出所:東北大プレスリリースPDF)

なお研究チームでは今後、実際に放電実験を行い、今回の手法を適用して電離波面の進展の様子を観測する予定だとしており、今回提唱された「電離破面の中心部が離散的に進展している」という仮説を検証し、ミリ波放電現象を再現する数値モデルの開発につなげることを目指すとしている。