宇宙航空研究開発機構(JAXA)は9月9日、2016年2月17日に打ち上げられ、通信途絶のために翌4月28日に運用が断念された日米共同開発のX線天文衛星「ひとみ(ASTRO-H)」の硬X線望遠鏡(HXT)が撮影した、1054年に出現した超新星(SN1054)の残骸と考えられているおうし座の方向に約6500光年離れた距離にある「かに星雲」の画像を、新規開発した画像復元技術を用いて高解像度化することに成功したと発表した。

同成果は、JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 科学衛星運用・データ利用ユニット森井幹雄の主任研究開発員、ISAS 宇宙物理学研究系の前田良知助教、同・石田学教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する欧文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。

  • 「かに星雲」の画像(エネルギー帯域別)

    「かに星雲」の画像(エネルギー帯域別)。画像処理前のイメージ(上段)と、今回開発されたアルゴリズムを用いて高解像度化の処理を行って得られた画像(下段)。スケールバーは1分角(論文より引用された画像)(出所:ISAS Webサイト)

「ひとみ」に搭載されていたHXTは、硬X線帯域(約10キロ電子ボルト以上の高エネルギーX線のことで、それ以下は軟X線と呼ばれる)で最も集光力が高い望遠鏡であり、高い角度分解能を持つ。その運用初期段階で、観測装置の較正を行うために利用されたのが「かに星雲」だ。同星雲は、中心に存在する強い磁場を持ち高速回転する中性子星の「かにパルサー」のパルサー磁気圏(中性子星の磁場の影響が強く及んでいる領域)で加速された高エネルギー粒子が発する電磁波によって輝くパルサー星雲。今回の研究では、HXTで撮像された「かに星雲」の画像に対し、画像復元技術「Image Deconvolution」を用いた、画像を高解像度化する新規のアルゴリズムを開発することにしたという。

「かに星雲」の大きさはHXTの角度分解能と同程度であり、その上、中心の「かにパルサー」は桁違いに明るいため、高解像度化処理が困難な天体だとする。そうした中で今回の高解像度化で用いられたImage Deconvolutionとは、望遠鏡などの光学系で撮影された画像に対して、光学系による歪みやボケなどを補正して元画像を復元するために用いられる画像処理技術のこと。そして今回の技術で画像処理が行われた結果、処理前はパルサーと星雲の分離が困難だったが、星雲の構造を把握できるようになったとした。この高解像度化された画像から、「かに星雲」はエネルギーが高くなるほどサイズが小さくなるという結果も新たに得られたとのことで、同星雲の放射モデルに制限を与える重要な観測結果とした。

  • 「かに星雲」の軟X線帯域画像

    「かに星雲」の軟X線帯域画像。(左)「ひとみ」のHXTで観測した画像に対してImage Deconvolution処理を行って復元された画像(3.6~15keV)。(右)チャンドラ衛星で撮像された画像(約10keV以下)。スケールバーは1分角(論文より引用された画像)(出所:ISAS Webサイト)

一方、軟X線帯域を扱えるX線天文衛星にNASAの「チャンドラ」(1999年打上げ、2024年現在運用中)があり、性能的には「ひとみ」よりもチャンドラの方が上だという。しかし、今回の技術を用いると、軟X線帯域の観測画像においても、チャンドラ衛星のものに近いレベルにまで引き上げることができるほか、これまでは確認できなかった「かに星雲」のトーラスやジェット構造が確認できるようになったとした。

「ひとみ」での観測は、天体(かに星雲)からのX線がHXTを通過した後、焦点面に設置されたピクセル検出器で行われる。各点光源から放射されたX線がHXTを通った後、ピクセル検出器上に作る分布形状の情報(PSF)を用いれば、「かに星雲」の画像を推定することが可能。このように元画像を推定する問題を「逆問題」といい、今回の研究ではこの逆問題を解くアルゴリズムが開発されたという。

ピクセル検出器ではX線光子のカウント数の取得が可能。このカウント数は「ポアソン分布」という確率分布に従うことが知られている。以前より用いられているImage Deconvolutionでは、この確率分布を用いた最尤推定により天体形状を推定することが基本となる。一方、HXTによる「かに星雲」の観測データの場合には、この方法ではデータ量が十分ではなかったため、復元画像がノイジーになり、満足の行く結果が得られていなかったとする。

  • NASAとの共同開発のほか、欧州の協力も得て開発された日本の6代目X線天文衛星「ひとみ」

    NASAとの共同開発のほか、欧州の協力も得て開発された日本の6代目X線天文衛星「ひとみ」(C)JAXA (出所:JAXAデジタルアーカイブス)

そこで今回の新手法では、スムース制約を与える事前分布を設定し「ベイズ推定」の枠組みを用いて元画像の推定をすることにしたという。単純にスムース制約を与えると、パルサーが星雲と比べて桁違いに明るいために、「かに星雲」が覆い隠されて見えなくなってしまうという問題が発生してしまう。そのため、元画像をパルサーと星雲の2成分モデルで表現し、星雲成分だけにスムース制約を与えることでこの問題の解決が図られた。事後確率の最大化には「EMアルゴリズム」という繰り返し計算法が用いられた。

「かに星雲」と同様に、明るい点光源を伴うような星雲状の拡散天体は数多く存在している。それらに対しても、今回の手法を用いることは可能であるほか、「ひとみ」以外の望遠鏡に対して適用することも可能としている。