ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンは2024年8月24日、開発中の「ニュー・グレン」ロケットについて、早ければ10月13日にも初めての打ち上げを実施すると発表した。

ニュー・グレンは、全長98mの巨体と、第1段を再使用できることを特徴とし、実用化されれば世界で3番目に強力なロケットとなる。初打ち上げでは、米国航空宇宙局(NASA)の火星探査機を打ち上げる。

  • 打ち上げに向けた試験を行うニュー・グレン

    打ち上げに向けた試験を行うニュー・グレン (C) Blue Origin

ニュー・グレンとは?

ニュー・グレン(New Glenn)は、ブルー・オリジンが開発中のロケットで、同社にとって初めての衛星打ち上げ用ロケットとなる。グレンという名前は、米国初の有人地球周回飛行を成し遂げた、ジョン・グレン元宇宙飛行士に由来している。

ロケットの全長は93m、直径は7mもある。衛星フェアリングの直径も同じく7mで、現在運用中の他のロケットよりも輪をかけて大きく、規格外の大型衛星の打ち上げや、多数の小型衛星の同時打ち上げにも対応できる。

打ち上げ能力は、地球低軌道に45t、静止トランスファー軌道に13tと、かなり大きい。NASAの「スペース・ローンチ・システム(SLS)」、スペースXの「ファルコン・ヘヴィ」に次いで、現在運用中のロケットの中で3番目に強力なロケットとなる。

さらに、第1段機体は、洋上の船に着陸して回収し、再使用することができる。同社によると、最低でも25回の再使用ができる設計になっているという。これにより、旅客機のように運用することができ、コストを大幅に削減できるとしている。

第1段には、液化天然ガスと液体酸素を推進剤とする「BE-4」ロケットエンジンを7基装備する。BE-4は同社が独自に開発したもので、同じ米国の宇宙企業で、競合他社でもあるユナイテッド・ローンチ・アライアンス(ULA)の新型ロケット「ヴァルカン」の第1段エンジンとしても採用されている。ヴァルカンは今年初めに、1号機の打ち上げに成功している。

第2段には、液体酸素と液体水素を推進剤とする「BE-3U」ロケットエンジンを1基装備する。BE-3Uは、同社のサブオービタル宇宙船「ニュー・シェパード」で使用されているBE-3から派生したエンジンである。当面、第2段は使い捨てで運用されるが、ブルー・オリジンでは再使用が可能な第2段機体「プロジェクト・ジャーヴィス」のを開発を進めている。

また、複数回の再着火が可能な上段機体「ブルー・リング」を搭載することもできる。ブルー・リングを使うことで、一度の打ち上げで複数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入したり、センサーなどのペイロードを搭載した軌道上プラットフォームとして運用したりできるようになる。

ニュー・グレンは当初、2020年にも初打ち上げが予定されていたが、開発は遅れ、打ち上げもずれ込んだ。

2020年には、米国空軍(現・宇宙軍)からの軍事衛星の打ち上げの認証と契約を獲得できなかったことで、同社内でのニュー・グレンの優先順位が下がり、初打ち上げは2022年以降とされた。軍事衛星の打ち上げ需要は大きいため、ビジネス面でも、打ち上げ回数を稼いで運用の安定性と信頼性を上げるという意味でも、獲得は必須だったのである。

その後も、主にBE-4エンジンの開発時の問題などにより、遅れが続いた。今年2月になり、ケープ・カナベラル宇宙軍ステーションのLC-36発射施設において、実物大のダミー機体を使った試験が行われた。5月には、実機を使った試験も行われている。

また、2024年6月12日には、米国宇宙軍から軍事衛星の打ち上げに必要な認証を獲得した。このほか、すでにNASAをはじめ、衛星通信会社のテレサット、ユーテルサット、さらに衛星インターネットの開発を進めているAmazonなどから、商業打ち上げを受注しており、市場などからの期待は高い。

  • 打ち上げに向け、組み立て中のニュー・グレン

    打ち上げに向け、組み立て中のニュー・グレン (C) Blue Origin

ニュー・グレンの初飛行で打ち上げられる「ESCAPADE」

ニュー・グレンの初飛行では、NASAの火星探査機「ESCAPADE(Escape and Plasma Acceleration and Dynamics Explorers)」を打ち上げる。

ESCAPADEは、同型の2機の探査機を火星の周回軌道に投入し、それぞれ離れた位置から同時に観測を行うことで、火星の磁気圏と太陽風の相互作用を調べることを目的としている。

探査機の打ち上げ時の質量は1機あたり約0.5tで、合わせても1tほどの小型の宇宙機である。

ESCAPADEは、NASAの「SIMPLEx(Small Innovative Missions for Planetary Exploration、直訳で「惑星探査のための小型の革新的なミッション」)プログラムに基づいて開発された。このプログラムは、他の探査機に相乗りするなどして打ち上げることで、ハイリスクながら低コストの惑星探査ミッションを実現することを目指している。

当初、ESCAPADEは小惑星探査機「サイキ」と相乗りで打ち上げられる計画だったが、サイキの開発が遅れ、打ち上げ時期と軌道が変わったことで、相乗りでは火星に到達できなくなった。

そこで、NASAは新たに、打ち上げサービス・プログラムのVADR(専用および相乗りのベンチャー・クラス調達)契約に基づいて、ニュー・グレンを選択した。

契約額は約2000万ドルで、これは衛星の打ち上げ価格としては、桁が1つ少ないほどに安い。この背景には、ニュー・グレンにとって初めての打ち上げであり、失敗するリスクが比較的高いこと(前述のように、SIMPLExではある程度のリスクの高さは許容されている)、またダミー衛星の代わりになるといったことがある。

打ち上げ後、ESCAPADEは直接、火星へ向かうための惑星間軌道に投入される。約11か月間の航行を経て、2025年9月はじめごろに火星に到着する。そして、長楕円軌道に入り、その後軌道を下げて、科学観測を行うための円軌道に入ることになっている。

  • ニュー・グレンの初飛行で打ち上げられるESCAPADEの想像図

    ニュー・グレンの初飛行で打ち上げられるESCAPADEの想像図 (C) NASA/James Rattray/Rocket Lab USA

参考文献

NASA, Blue Origin Invite Media to New Glenn Launch of Mars Mission - NASA
New Glenn | Blue Origin
NASA - NSSDCA - Spacecraft - Details