米国の宇宙企業ブルー・オリジンは2022年9月12日、「ニュー・シェパード」宇宙船の打ち上げに失敗した。

実験装置を積んだ無人での飛行だったため、けが人は出ていない。また、脱出装置が機能したことから、カプセルと中の実験装置は無事に回収されている。

運用段階に入ってからの打ち上げ失敗は初めて。原因は調査中としている。当面の飛行停止は避けられず、今後の同社による宇宙旅行ビジネスに影響を及ぼす可能性がある。

  • ロケットに異常が発生し、緊急脱出するカプセル

    ロケットに異常が発生し、緊急脱出するカプセル (C) Blue Origin

ニュー・シェパードNS-23の打ち上げ失敗

ニュー・シェパード(New Shepard)は、Amazon創業者として知られる実業家のジェフ・ベゾス氏が立ち上げた宇宙企業ブルー・オリジンが運用する宇宙船である。高度100kmの宇宙空間に旅行者や実験装置を運び、回収することを目的としている。

全長約18mの小型の宇宙船で、先端に人や実験装置を乗せる「クルー・カプセル」があり、その下にはロケット部分の「ブースター」がある。両者は打ち上げ後、上空で分離。宇宙空間に到達したのち降下し、ブースターはエンジンを逆噴射して着陸、カプセルはパラシュートで着陸する。カプセルもブースターも再使用が可能で、打ち上げコストの低減が図られている。

今回までに22回の飛行が行われており、無人飛行で実績を積んだのち、2021年7月からは有人飛行も開始。チケットも販売され、商業運航が行われている。有人飛行はこれまでに6回行われ、ベゾス氏をはじめ、俳優のウィリアム・シャトナー氏など、32人が宇宙飛行を経験している。

  • 打ち上げを待つNS-23

    打ち上げを待つNS-23 (C) Blue Origin

今回のミッション「NS-23」は、2021年8月以来となる無人のミッションで、米国航空宇宙局(NASA)や米国内の大学、企業などによる、計36個の実験装置やSTEM教育ペイロードが搭載されていた。

NS-23は日本時間9月12日23時27分、テキサス州西部にある同社の施設から離昇した。ブースターはしばらく正常に飛行していたものの、離昇から約1分後、マックスQ(最大動圧点、ロケットに最も負荷がかかる点)を通過した直後に、ブースターになんらかの問題が発生。エンジンから出る噴射ガスの色や形状が異常な状態となり、機体の姿勢もやや傾き始めた。

異常を検知した機体は、脱出システムを起動。カプセルの下部に装着されている脱出用の固体ロケット・モーターが点火し、カプセルはブースターから離脱した。カプセルは高度約11.4kmに達したのち降下し、通常のミッションと同じようにパラシュートを展開。離昇から約5分半後に発射場近くに着陸した。一方、ブースターはそのまま落下し、あらかじめ指定された危険区域内に墜落した。

地上の作業員、民間人なども含め、この事故による負傷者はなく、民家などへの被害も出ていないという。

  • ロケットに異常が発生した瞬間

    ロケットに異常が発生した瞬間 (C) Blue Origin

この脱出システムは、今回のようなトラブルが起こった際に備えて搭載されているもので、脱出時には一時的に最大約11Gの加速度がかかるものの、搭乗者の命を守ることに役立つ。今回は無人のミッションだったが、同システムのおかげでカプセルと実験装置の大半は無事に回収された。これらの機器は、今後別のミッションで再飛行する可能性もある。ただ、ブースター側に搭載されていた2つの実験装置は破壊されている。

ブルー・オリジンは事故後、「カプセルの脱出システムは設計どおりに機能し、カプセルをブースターから分離することに成功しました」との声明を発表。失敗の原因や今後の打ち上げ予定などについては「詳細は随時お知らせします」としている。

また、民間の宇宙飛行を監督する米連邦航空局(FAA)は、この事故を受け調査を開始。「ニュー・シェパードが飛行を再開する前に、FAAは今回の事故に関連するシステムやプロセス、手順が公共の安全に影響を与えたかどうかを調べます。これは、あらゆる事故調査における標準的なプロセスです」との声明を発表している。

米下院科学・宇宙・技術委員会の宇宙航空小委員会の委員長を務めるドン・ベイヤー議員は、「今日のNS-23の失敗は、宇宙飛行が危険であることを思い起こさせます。商業的な有人宇宙飛行が現実のものとなった現在、商業的な有人宇宙飛行の安全性に関する小委員会の作業はこれまで以上に重要になっています」とコメントしている。

  • 脱出後、無事に帰還したカプセル

    脱出後、無事に帰還したカプセル (C) Blue Origin

宇宙旅行への影響は

ニュー・シェパードが事故を起こしたのは今回が2度目となる。1度目は2015年4月、無人で試験飛行を行った1号機「NS1」が宇宙空間到達後、カプセルの着陸には成功したものの、ブースターの着陸に失敗している。

ニュー・シェパードはこれまでに4機が製造されており、今回事故を起こしたのは3号機だった。この3号機は「NS3」、もしくは「テイル3(Tail 3)」と呼ばれるブースターと、「RSS H・G・ウェルズ(H. G. Wells)」と名付けられたカプセルから構成されており、ともに今回が9回目の飛行だった。NS3とRSS H・G・ウェルズはデビュー以来、無人試験飛行と無人ミッションのみに使われている。

なお、有人ミッションには4号機のNS4(テイル4)ブースターと、「RSS ファースト・ステップ(First Step)」カプセルが用いられている。同機は3号機から改良が加えられており、信頼性などが向上している。ただ、3号機と共通する設計や部品も多く、その部分が事故の原因となった可能性もある。いずれにせよ、事故原因の調査と対策が終わり、FAAからの飛行再開の承認が得られるまでは飛行停止となる。

ブルー・オリジンは現在、サブオービタル宇宙飛行の商業運航を行っている唯一の企業であり、予約も相当数入っているものとみられる。今回の事故で、脱出システムも含めたニュー・シェパードの安全性は証明されたものの、安心面では不安が残るものとなり、今後予約の取り消しや、新規予約の減少などといった影響が出る可能性がある。さらに、宇宙旅行ビジネス全体に忌避感が波及する可能性もある。

参考文献

New Shepard Mission NS-23 Updates | Blue Origin
New Shepard Mission NS-23 Webcast - YouTube
NS-23 to Fly 36 Payloads and Tens of Thousands of Club for the Future Postcards to Space | Blue Origin
New Shepard | Blue Origin
Space and Aeronautics Subcommittee Chair Beyer Statement on Blue Origin New Shepard-23 Booster Failure | House Committee on Science, Space and Technology