東北大学、宇都宮大学(宇大)、国立天文台(NAOJ)の三者は8月29日、理研のスーパーコンピュータ(スパコン)「富岳」や、NAOJの天文専用スパコン「アテルイII」などを活用した高解像度シミュレーションより、ブラックホールの周囲で回転する降着円盤の乱流が持つ物理的性質を解明したことを発表した。
同成果は、東北大 学際科学フロンティア研究所の川面洋平助教(現・宇大 データサイエンス経営学部 准教授/東北大大学院 理学研究科 客員研究員兼任)、同・木村成生助教(同・大学院 理学研究科兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
ブラックホールの周囲に形成されているプラズマ状のガスが回転しながら落ち込む降着円盤は極めて高温で、複雑に乱れた電磁場を持つ乱流状態にあることが知られている。その乱流は、ガスの角運動量を外側に運び出すことで、ブラックホールへの物質の落下を可能にしている一方、粒子を加熱して高エネルギー化することで、地球からでも観測できるような電磁波を生み出していることも知られている。しかし、この乱流の詳細な性質、特に大きなスケールの渦と小さなスケールの渦をつなぐ「慣性領域」の物理的性質については、よくわかっていないという。
降着円盤からの電磁波は円盤中の電子から発せられるため、乱流によって電子とイオンのどちらがより強く加熱されるかによって強度や分布が変わる。そのため、慣性領域の性質を解明し、イオンと電子のエネルギー配分を理論的に決める必要があったという。中でも、横波の「アルヴェーン波」と、縦波の「遅い磁気音波」が、どの割合で慣性領域に存在するかのという点が重要だという。東北大の川面助教らによるこれまでの研究からは、遅い磁気音波が支配的だった場合、イオンが選択的に加熱されることが示されていたとする。
慣性領域の物理的性質が長らく未解明なのは、従来のコンピュータの性能では十分な解像度のシミュレーションを行うことが困難だったことが要因の1つだという。そこで研究チームは今回、富岳やアテルイIIなどの最新世代スパコンを駆使して、従来にない高解像度シミュレーションを実施することにしたという。
今回のシミュレーションでは、乱流の解析に適した「擬スペクトル法」が用いられ、かつ富岳が持つ大規模な並列計算性能を活かすことのできる独自開発のコードが使われた。その結果、降着円盤におけるプラズマ乱流の慣性領域を詳細に観察することに成功したとする。シミュレーションの結果、慣性領域の物理的性質に関して以下の2つの重要な発見があったとした。
- 渦のサイズが小さくなるにつれて、運動エネルギーと磁気エネルギーが当分配され、磁場と流れ場の区別がつかなくなる
- 慣性領域では遅い磁気音波が支配的であり、アルヴェーン波の約2倍のエネルギーを持っている
これらの発見は、降着円盤内では電子よりイオンの方が効率的に加熱されているという結果を導く。このことは、以前からの観測によって得られていた事実を説明できるという。
また、降着円盤と同様に電子とイオンからなる太陽風では、これまで人工衛星観測によって、運動エネルギーと磁気エネルギーが当分配された状態が観測されていた。つまりエネルギー当分配状態は、宇宙空間に存在する乱流に普遍的な性質であることが示唆されているとする一方、太陽風ではアルヴェーン波が支配的であることも観測されており、今回の研究による発見はそれと正反対であるため、降着円盤の乱流と太陽風の乱流の本質的な違いが解明されたとする。
なお、今回の研究成果は、2019年に撮影されたブラックホール・シャドウの観測データを理解する上で、重要な手がかりとなるとする。例えばブラックホールの回転速度を、これまでより高精度に決定できる可能性があるという。
また、高エネルギー宇宙線の生成メカニズムの解明にも貢献できるとする。降着円盤では、乱流状態の電磁場と荷電粒子が相互作用し、一部の粒子が極めて高エネルギーに加速される。このような高エネルギー粒子が、長年の謎である高エネルギー宇宙線の源になっている可能性があり、今回の成果を用いて慣性領域における粒子の運動を調べることで、詳細な加速メカニズムが明らかにされ、宇宙線起源の謎に迫ることができるとしているほか、今回の成果により、より多くのパラメータ設定でのシミュレーションを実施できるようになることから、観測データとの詳細な比較の進展が期待され、これによりブラックホール周辺の極限環境下における物理現象の理解がさらに深まり、宇宙物理学の発展が期待されるともしている。