近年、資金やノウハウを持つ大企業が、先進的な技術を持つスタートアップ企業との共創を通じて事業を展開する例が多く見られる。社会課題や消費者ニーズの変化が激しい現代では、特化した技術や視点を持つスタートアップ企業の存在が重視される。2020年にはスタートアップ企業とのオープンイノベーションに向けた税制優遇措置が新設されるなど、国としてもこうした動きを後押ししている。

NECもスタートアップ企業とのオープンイノベーション型で新規事業の創出を進める一社だ。同社はNEC Innovation Challenge(以下、NIC)という、世界のスタートアップを対象としたグローバルアクセラレータープログラムを2022年に開始。自社単独では難しい領域でも新たな社会価値の提供を目指す。

本稿では、NICの中でヘルスケア事業領域の審査およびスタートアップとの連携を担当する筒井葵氏と、グローバルビジネスコンテスト「NIC 2023」に参加した、デジタル服薬ソリューションを手掛けるフィンランドのスタートアップ、Popitの創業者 兼 CEOのTimo Heikkilä氏、およびマーケットオペレーションズマネージャーのヴァロヴィルタ郁枝氏による対談の様子をお届けしたい。対談では、PopitがNICに応募したきっかけやNICに期待したこと、今後のコラボレーションの展開などが語られた。

なお、NIC 2023ではLLM(大規模言語モデル)、ヘルスケア、スマートシティ、都市型農業の各分野で、ソリューションを持つスタートアップの募集が行われた。NECおよび協賛企業との提携・協業を推進し、新たなビジネスや事業体を創出することを狙って、コンテストは進められた。コンテストで入賞したスタートアップには最大220万円のPoC(Proof of Concept)資金や日本マーケットへの参入支援、その他NECおよびそのパートナー企業との協業といった特典が提供される。

NECが開催するアクセラレータープログラムにPopitが応募したきっかけ

筒井氏:まずは、PopitがNIC 2023に応募したきっかけについて教えてください。

  • NEC グローバルイノベーションユニット ヘルスケア・ライフサイエンス事業部門 戦略統括室 プロフェッショナル 筒井葵氏

    NEC グローバルイノベーションユニット ヘルスケア・ライフサイエンス事業部門 戦略統括室 プロフェッショナル 筒井葵氏

Timo氏:当社は創業以来、日本はとても重要なマーケットと捉えています。われわれが提供するソリューションは服薬管理をデジタル化する点が画期的なのですが、日本の方はITリテラシーが高く、日常生活に役立つソリューションにも関心が高いので、当社のソリューションを多くの人に使ってもらえるはずです。

そこで、NECのような日本の中でも大きなIT企業と共創できる機会はとても魅力です。日本国内でのNECの影響力を考えると、NICへの参加はまたとないチャンスだと思いました。

  • Popit 共同設立者 兼 CEO Timo Heikkilä氏

    Popit 共同設立者 兼 CEO Timo Heikkilä氏

筒井氏:NICを知ったきっかけは何ですか。

Timo氏:NICの運営サポーターであるAgorizeが実施した、別のピッチコンテストに参加した際に知りました。当社のようなスタートアップは知人のコネクションを通じて、複数のピッチコンテストに参加しているので、そのつながりです。

筒井氏:Agorizeはフランスを拠点とするオープンイノベーションSaaS企業なので、ヨーロッパでの影響力を感じます。

Timo氏:反対に、NECの筒井さんはPopitのソリューションのどのあたりに魅力を感じてくれたのですか。

筒井氏:私はこれまで、ヘルスケア業界の複数の企業に勤めてきました。そのキャリアの中で感じることなのですが、服薬管理、つまり薬の飲み忘れの防止は、どの製薬企業でも頭を抱えている課題です。製薬企業だけでなく、患者さん自身も、医療従事者も悩んでいます。

この課題に対する打ち手は、スマホアプリなどいくつか考えられます。その中でPopitが提供しているソリューションは、デバイスが特徴的です。専用のデバイスを薬のシートに取り付けるだけで、薬を飲んだ記録をアプリに自動で残せます。

デバイスだけ、あるいはアプリだけを提供するのではなく、その両方が日常に溶け込むソリューションとして提供できる点が魅力だと感じました。デジタルに疎い人も置き去りにしないソリューション設計だと思います。

日本に目を向けると、高齢者が多いです。そうすると、デジタルだけでは解決できない課題も多いので、Popitをサポートすることは日本の医療環境の向上にもつながると感じました。

  • Popitが提供する医薬品包装シート(PTPシート)に簡単に取り付けられるデバイス

    Popitが提供する医薬品包装シート(PTPシート)に簡単に取り付けられるデバイス

デジタル弱者を置き去りにしないPopitの服薬支援ソリューション

筒井氏:せっかくですので、ここで改めて、Popitのソリューションの特徴について紹介してもらえますか。

ヴァロヴィルタ氏:当社のソリューションは、スマートピルトラッキング機器「Popit Sense」を医薬品包装シート(PTPシート)に取り付けるだけで、このデバイスが錠剤を取り出す動きや音を感知して、情報をアプリに記録します。

患者さんの服薬タイミングに関するデータは、個人を特定できないようにして匿名化されてクラウド上で収集できるのが当社の強みです。この匿名化された服薬データは、服薬アドヒアランス向上を目的とする製薬企業の施策に貢献できます。

  • Popit マーケットオペレーションズマネージャー ヴァロヴィルタ郁枝氏

    Popit マーケットオペレーションズマネージャー ヴァロヴィルタ郁枝氏

Timo氏:当社のデバイスはスマートフォンとBluetoothで接続可能で、薬のシートに取り付けるだけで自動的に記録を残せます。自動的に記録されるので患者さんは記録が楽になりますし、正しい時刻に薬を飲んだという記録が残っていれば、アプリからのリマインドが表示されません。うっとうしさや煩わしさが減るように工夫しています。

万歩計によって日々の歩数をカウントしデジタル化するだけで、そこから健康管理などいろいろなビジネスが生まれました。これと同様に、服薬をデジタル化すれば、新しいビジネスが生まれるはずと思っています。

  • スマホアプリのイメージ

    スマホアプリのイメージ

PopitがNIC 2023に応募して得たビジネスチャンス

筒井氏:NIC 2023に応募して良かったことはありますか。

Timo氏:NICというプロジェクトにおいて最後のピッチコンテストに参加するまで、伴走型でさまざまな支援を受けられました。その中で、NIC以外のコラボレーションの可能性についても教えてもらえたのは嬉しいです。当社は結果的にNIC 2023で入賞できませんでしたが、現在も引き続き伴走支援を受けられています。

NECでヘルスケアを担当する部署と新たなビジネスが作れないかといったアイデアを検討していますし、NECの社内で当社のソリューションをフェムテックとして活用することを検討いただいたこともあります。われわれの可能性を広げるという意味で、NICへの参加は非常に価値のある経験でした。

筒井氏:NICでは、優れたスタートアップを表彰することはもちろんですが、それ以上に、NECと一緒にビジネスを作って相互にwin-winで大きく成長できるスタートアップと連携することが重要です。NECの事業部門と一緒にコラボレーションする機会を作れることこそが、この取り組みの特徴です。

私を含め、NICに関わるNECメンバーはスタートアップ企業のソリューションを事業部に伝えて、新しいビジネスのヒントを生み出したいと思っています。実際はこれがなかなか大変な作業です(笑)。

当社のヘルスケア事業においては、これまでは病院や医療機関に対して製品を提供することに強みがありました。一方で製薬企業やフェムテック領域の企業に対してはまだ開拓の余地が残されていました。今回Popitと伴走しながら一緒にビジネスを考えたことで、それらの領域において当社の新たな提供先の可能性が広がったことは、当社としてもコラボレーションして良かった点です。

Timo氏:NECの筒井さんには、NICの最終ピッチのプレゼンテーションまで手伝ってもらいました。また、最終ピッチでNEC側から出た質問は的を射たものばかりで、当社にとっても非常に役に立つ意見が得られました。

NIC 2023に応募してから伴走支援を受けている間に出てきたアイデアは非常に有意義でした。またNEC筒井さんに紹介してもらった企業や、NEC内の事業部門とのコラボレーションは現在でも続いています。

筒井氏:NIC 2023の後のビジネスに何か変化はありましたか。

ヴァロヴィルタ氏:最終ピッチの後に日本に行く機会があったのですが、その際にNECのIT部門の方と、NECに紹介していただいた製薬企業の方とミーティングができました。そこで当社ソリューションのデモを披露し、MOU(基本合意書)を締結して、現在は具体的なビジネス化に向けて動き始めています。

  • NEC×Popit

筒井氏:当社では、Popitのソリューションと相性が良い企業への提案や、社内での活用も検討しています。

NICは「本気」で開催されるNEC主催のコンテスト

Timo氏:最初にも言いましたが、当社は日本市場を重視しています。私たちのような小さな企業、特に海外のスタートアップが、日本の市場に進出することはとても難しいです。NICのような取り組みを通じて、日本の大企業とコラボレーションできることは非常に嬉しいです。

筒井氏:反対に、当社のような企業は何か新しい事業を始めようとしても、すぐには動き出せないというもどかしさを抱えています。他の大企業も似たような課題があるのではないでしょうか。ただ、社内にはビジネスをスケールさせる際に有力な優秀な人材がそろっています。NICの取り組みは事業領域を拡大するための武器だと思っているので、スタートアップとの共創の機会は非常に重要です。

  • NEC×Popit

Timo氏:私は日本も含めグローバルでいくつもピッチコンテストに参加したことがあります。中には、大きな企業が「スタートアップ支援のためにコンテストをやりました」と言いたいためだけに、開催されるコンテストもあります。

NICでは、やっているふりだけでない真剣さが感じられました。仮にピッチコンテストで勝てなくてもNECとコラボレーションする機会をいただけますし、伴走型支援の間に多くのアイデアが生まれます。当社は今回のチャレンジを通じて、日本市場に進出する際の大きなヒントが得られました。