東京大学(東大)と科学技術振興機構(JST)の両者は8月9日、独自に開発した触媒により、水素分子を用いて「ウレタン」を選択的に分解できることを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科の野崎京子教授、同・岩﨑孝紀准教授、同・山田悠斗大学院生、同・内藤直樹技術補佐員(現・ハーバード大学 大学院生)らの研究チームによるもの。詳細は、「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
カルボニル化合物の中でもウレタンは特に安定しており、分解しにくいことから、廃プラスチックのケミカルリサイクルにおいてもしばしば問題となる。そのため、他のカルボニル基を分解することなくウレタン結合を選択的に分解するケミカルリサイクル手法の開発が望まれていたという。
そうした中で研究チームはこれまで、カルボニル化合物の中でもウレタンと並んで分解が困難な「ウレア」に水素を付加させることで、「ホルムアミド」と「アミン」へと分解する触媒を開発してきた。同触媒は、ウレタンや、ウレアよりも反応性の高い「エステル」や「アミド」に対しては、水素を付加しないことが特徴の1つだった。そこで今回の研究では、これまでの成果を活用し、ウレタンのケミカルリサイクル手法の開発を試みたとする。
研究ではまず、独自に開発したリンと窒素を含む配位子とイリジウムからなる触媒に対し、適切な塩基を組み合わせて用いると、ウレタンの水素化分解によってホルムアミドとアルコールが選択的に得られることが確認された。この結果は、従来の水素化分解ではウレタンからアミン、メタノール、アルコールが得られることとは対照的に、ウレタンよりも反応性の高いアミドの一種であるホルムアミドが得られることに特徴があるという。アミンとメタノールにまで分解が進んでしまうと、新たな素材の原料として使用する際の汎用性が低くなってしまうが、ホルムアミドとして取り出せれば、リサイクルにおけるコストの削減が期待できるとのこと。さらに、ウレタンに1分子の水素が付加した際に、炭素-酸素結合の切断と、炭素-窒素結合の切断の2通りの反応が考えられる中で、今回の触媒は炭素-酸素結合を優先的に切断するとしている。
ポリウレタンはその製造方法によって、ウレタン結合に加えて、低反応性のカルボニル化合物であるウレア結合や、環状構造の「イソシアヌレート環」が含まれているため、ケミカルリサイクルを実現するためには、それらも分解する必要がある。そこで今回開発された触媒をウレア結合やイソシアヌレート環の分解に用いたところ、ウレタン同様にカルボニル基を損なうことなく分解生成物が得られたとする。
次に、ポリウレタンのモデル分子を用いて水素化分解が検討された。すると、一般的なイソシアネートモノマーと「ジオールモノマー」の組み合わせにおいて、「ジホルムアミド」とジオールが分解生成物として得られたという。なお特筆すべきことに、ポリエステルポリオールのモデルとしてエステル結合を含むジオールモノマーから調製されたポリウレタンの分解においても、エステル結合を損なうことなくウレタン結合が選択的に切断され、ジホルムアミドとジオールが分解生成物として得られたとした。
また、ポリウレタンと組み合わせて用いられる樹脂材料との反応性を比較するため、ポリエステルおよびポリアミドのモデル化合物とウレタンとの混合物の水素化分解を検討した結果、本来なら反応性の高いエステルおよびアミド化合物よりも、ウレタンの方が優先的に水素化分解されることが確かめられたという。
さらに、市販のポリウレタンフォームの水素化分解も検討されたところ、水素分子の付加によってウレタン結合が切断され、ケミカルリサイクルが容易な化合物へと分解できることが解明された。
研究チームによると、今回開発された触媒による、水素分子の付加によってポリウレタンを分解する手法は、重要な社会課題である廃プラスチックの資源循環のための新たな手法と成り得るものだといい、自動車のシートなどに使われるポリウレタンの新たなケミカルリサイクル手法として、日本の主要産業の持続可能性向上に寄与することが期待されるとする。また、マットレスや建築用断熱材など、身近に利用されていながらリサイクルが困難なポリウレタンのケミカルリサイクルの実現につながる可能性もあるという。
加えて今回の触媒は、エステルやアミドといった一般にウレタンより反応性の高いカルボニル基が混在しても、ウレタンを選択的に分解するという点が大きな特徴だ。この特徴を利用することで、混合廃棄物からポリウレタンのみを選択的に水素化分解してモノマーを回収しつつ、ポリエステルやポリアミドは分解せずにポリマーとして回収するという、新たなリサイクル方法の開発につながることも期待されるとしている。