東京農工大学(農工大)は8月7日、微量のナノ結晶を流体に添加し、流れによる偏光変調を安定させることで、非接触(リモート)で流体の内部応力を正確に測定する新しい手法を開発したと発表した。

同成果は、農工大大学院 工学研究院 先端機械システム部門の田川義之教授、同・中峰健登大学院生、同・ウォービー・ウィリアム・海・アレクサンダー大学院生、同・横山裕社大学院生らの研究チームによるもの。詳細は、セルロースに関する全般を扱う学術誌「Cellulose」に掲載された。

血液などの流れは、数々の要素が複雑に関わって形成されることから予測が困難とされるため、脳動脈瘤の破裂、血中がん細胞の転移、網膜剥離など、さまざまなリスクが生じるという。そうした流れの予測には、正確に力を測定する必要があるが、流れに影響を与えてしまわないよう、非接触で流れを測定することにこそ価値が求められている。しかしその実現は従来の測定手法では難しく、特に3次元的な速度分布を持つ流体中の力を捉えることは困難だったとする。

そこで研究チームは今回、さまざまな濃度のナノ結晶を含む懸濁液を用いて、矩形管流路(断面が長方形の流路)で偏光変調(光の偏光状態が変化する現象)に関するデータを測定したという。なお偏光変調は、流体中の応力によって光の偏光が変化することを利用したもので、応力の測定に利用されている。

その測定の結果、従来の理論では無視されていた観察者の視線方向(観察者から前方への方向)に沿った応力成分を考慮することで、3次元的な流れを正確に測定できることが判明。そして、微量のナノ結晶を添加した流体に入射させた光の偏光変調を発現させ、その偏光情報から流体内部の応力を正確に推定できることがわかり、非接触で流体の内部応力を測定する新しい手法を提案することにしたという。

今回の研究では、従来の「応力光学則(応力-流動複屈折の関係式、一次応力光学則)」と、従来では無視されてきた視線方向に存在する応力分布をも考慮した「二次応力光学則」が比較された。実験データは二次応力光学則モデルと良好に一致し、視線方向の応力成分を考慮することの重要性が明らかにされた。これにより、これまでの測定で高流量や3次元流れ場の応力測定が行われてこない原因を突き止めると共に、複雑な流動におけるさまざまな力の非接触測定への重要な一歩を踏みだしたとする。

  • 今回の研究コンセプト

    今回の研究コンセプト。流れ場の解析解から応力光学則を用いて計算された偏光変調場と、実験的に得られた偏光変調場の比較が行われ、応力光学則が検証された。視線方向の応力成分を考慮した二次応力光学則(新理論)では、特に流路中央で実験値と予測値が同じ傾向が示されたという。(c)Nakamine et al., 2024. Cellulose,(出所:農工大プレスリリースPDF)

なお今回の研究成果は、血液の内部応力を非接触で測定する技術として応用でき、脳動脈流の発生メカニズムの解明や、複雑な流体の動きを正確に予測することに貢献するとのこと。今後は今回の新手法をさらに発展させ、より広範な流体応用分野への展開が期待されるという。特に医療分野においては、血流や脳動脈流の詳細な解析が可能となり、診断や治療の精度向上に寄与することが期待されるとしている。

また工業分野においても、今回の手法はハチミツやマニキュアのような粘度の高い液体の挙動解析や流体制御の精度向上に貢献することが見込まれるという。具体的には、インクジェット印刷や3Dプリンティングなどの高度な造形技術において、流体の挙動を正確に制御することが求められる場面での応用が期待される。これにより、製品の品質向上や製造プロセスの効率化が図られる可能性があるとする。

さらに、今回の成果は基礎科学の分野でも大きな貢献を果たすといい、流体力学分野にとどまらず、物理学、化学や生物の研究者にとって、今回の新手法は、流体の応力分布を正確に把握するための強力なツールとなり得るとする。これにより、流体の基本的な挙動を理解するための新しい知見が得られることが期待されるとした。

研究チームは今後、国際的な共同研究を通じ、さらに多くの応用分野でこの技術の有効性を検証していく予定としている。