宮崎大学と九州大学(九大)は7月31日、神経幹細胞が神経細胞(ニューロン)を新生する「成体ニューロン新生」に関連し、脳の認知障害やてんかん発作にも大きく関係する新しいメカニズムを明らかにしたことを共同で発表した。
同成果は、宮崎大 医学部 機能生化学分野の村尾直哉助教、九大大学院 医学研究院 統合的組織修復医学分野の松田泰斗講師、宮崎大 医学部 機能生化学分野の門脇寿枝学部准教授、徳島大学 先端酵素 学研究所 ゲノム制御学分野の松下洋輔助教、東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 ハイリスク感染症研究マネジメント学分野特任の谷本幸介講師、徳島大 先端酵素学研究所 ゲノム制御学分野の片桐豊雅教授、九大大学院 医学研究院 基盤幹細胞学分野の中島欽一教授、宮崎大 医学部 機能生化学分野の西頭英起教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、分子/細胞/発生の生物学に関する全般を扱う学術誌「EMBO Reports」に掲載された。
神経幹細胞は、「海馬歯状回」をはじめとしたいくつかの脳の特定の領域に存在し、成人においても神経細胞(ニューロン)を産生し続ける。この現象は成体ニューロン新生と呼ばれ、認知機能をはじめとする脳の機能を生涯にわたって発揮できるよう、脳の恒常性を維持するために重要だ。
しかし、老化した脳や、アルツハイマー病などを患った病態脳では、この神経幹細胞からのニューロン産生の能力が抑制され、最終的に神経幹細胞が尽きてしまう現象(神経幹細胞の枯渇)が観察される。また、このような老化脳や病態脳では、ニューロンをはじめとした脳内のさまざまな細胞において、細胞小器官の1つである「小胞体」の品質悪化も認められている。そこで研究チームは今回、マウスを用いて小胞体の機能を低下させる病態モデルを作製することで、成体ニューロン新生と小胞体の関係を明らかにすることに挑むことにしたという。
今回の研究では、脳内での「Derlin-1遺伝子」を欠損したマウスを用いて、成体期の神経幹細胞の増殖やニューロン産生能力などの変化を詳細に解析することにしたとする。Derlin-1とは小胞体膜上に存在し、小胞体の品質管理に必須のタンパク質のことである。
その結果、海馬歯状回領域で活発に増殖する「活性化神経幹細胞」が増殖の止まった「静止期神経幹細胞」に戻りにくくなることで、活性化神経幹細胞の数が増加することや、新しく産生されたニューロンが正しい場所に移動しにくくなったりすることが突き止められた。さらに、このような状況が長い期間続いた結果、通常より早く神経幹細胞の数が減少し、枯渇状態になってしまうことも確かめられたという。
次に、このマウスの脳の機能への影響が調べられた。すると、上記のような成体ニューロン新生の時空間的な調節の異常によって、認知障害やてんかん発作が起こりやすくなることも判明したとする。それに加え、それらの表現型を引き起こす分子メカニズムとして、Derlin-1を欠損した神経幹細胞でタンパク質「Stat5b」の発現が減少していることも明らかにされた。なおStat5bは、細胞の増殖や分化などの制御に関わる、シグナル伝達兼転写活性化因子ファミリーの1つである。
さらに、一般的には「ケミカルシャペロン」(タンパク質の正しい高次構造の形成や安定化に関わる低分子化合物群のこと)として知られる、4-フェニル酪酸「4-PBA」のシャペロン作用とは異なる「ヒストン脱アセチル化酵素阻害作用」が、低下したStat5bの発現を上昇させ、認知障害やてんかん発作の症状を改善できることも解明された。
これらの結果は、Derlin-1-Stat5b経路の活性化が、成体ニューロンの適切な産生を促すことで、脳の正常な機能維持に重要な役割を果たしていることが示されているという。同時に、成体ニューロン新生の異常を伴う脳疾患患者に対しては、ヒストン脱アセチル化酵素阻害が有効である可能性も明らかにされた。今回の発見のユニークな点として、Derlin-1の機能不全による小胞体ストレスそのものは、成体ニューロン新生の恒常性破綻の直接の原因ではなく、これまで知られていなかったDerlin-1-Stat5b経路が見出された点が挙げられるとした。
今回の成果および今後の研究の発展により、Derlin-1-Stat5b経路が、成体ニューロン新生の破綻を伴う認知障害やてんかん患者に対して、その病態を改善するための新たな治療標的となることが期待されるとしている。