日本電信電話(NTT)は7月22日、パルス幅1.2psのグラフェン中の自由電子の振動であるグラフェンプラズモン波束を電気的に発生・伝搬制御することに成功したことを発表した。
同成果は、NTT物性科学基礎研究所 量子科学イノベーション研究部 量子固体物性研究グループの吉岡克将 研究員、Guillaume Bernard実習生、若村太郎 研究主任、橋坂昌幸 特別研究員(東京大学 物性研究所 ナノスケール物性研究部門 准教授)、佐々木健一 主任研究員、佐々木智 主任研究員/上席ラボスペシャリスト、熊田倫雄 特別研究員/グループリーダ、物質・材料研究機構(NIMS) 電子・光機能材料研究センターの渡邊賢司 特命研究院、NIMS ナノアーキテクトニクス材料研究センターの谷口尚 センター長らによるもの。詳細は「Nature Electronics」に掲載された。
光波と電波の中間に位置するテラヘルツ(THz領域)は、近年の技術的進歩もあり、その活用に向けた研究開発が進められるようになってきた。中でも自由空間を伝搬するTHz波は、高速な無線通信やセンシング、イメージングなどでの活用が期待されるようになっている。しかし、回路中のTHz電気信号の制御技術は未だ発展途上にあり、一般的に集積回路が取り扱うことができる信号帯域はギガヘルツ(GHz)帯で律速されており、より高速な信号処理を実現するための新たな方法論を確立が求められていた。
グラフェンプラズモンはTHz波を極めて小さい領域に閉じ込め、かつ外部から電気的に波長などの性質 を制御することができることが先行研究から報告されており、THz波のフィルターやセンサーへの応用を目指した研究も進められているという。そのため、そうした特性を回路中のTHz電気信号でも扱えるようになれば、新しい超高速エレクトロニクス技術の道を拓くことが可能になると期待されているものの、そもそも電気的にTHz領域のグラフェンプラズモンを発生・制御できるのか、ということ自体が良く分かっていなかったという。
先行研究にて判明していたことは、静的な定在波の計測に留まっており、電気的にTHz領域のグラフェンプラズモンを発生・制御できるのかを理解するためにも、AからBといった異なる地点に対して信号を転送できること、および転送する信号の位相な振幅を制御できるのかどうかを確認する必要があり、今回、研究グループでは、THz電気パルスを使ってグラフェンプラズモン波束の発生・伝搬制御・計測を同一デバイス上で実現することを目指し、THz領域でグラフェンプラズモン回路の動作を実現するための新たな手法の開発に挑んだという。
今回の研究では、研究グループが2022年に発表したグラフェン光検出器におけるゼロバイアス動作(220GHz)の実現手法をベースに、コプレナー導波路と光伝導スイッチを組み合わせた回路を構成。発生用光スイッチにフェムト秒レーザーを照射し、超短電気パルスを発生させ、それが導波路を検出用光スイッチに向けて伝播したのを、プローブ光によって確認し、その時間差に基づく電流の変化を計測することで1.2psというパルス幅の波形を取得することに成功したとする。ちなみにこの1.2psのパルス幅は、入射電気パルスと同等の時間幅であり、THz信号という高周波をゆがませること無く転送可能であることを示すものだという。
また、コプレナー導波路にグラフェンを挿入することで、THz電気パルスによるプラズモン励起を実現したとするほか、ゲート電圧によりTHz領域のプラズモン信号の位相・振幅を制御することにも成功。電荷密度変調によるプラズモン速度および振幅の制御に成功したことで、THz信号の位相・振幅を変調可能であることが示されたとする。
さらに、デバイス上で変換されたプラズモン波束の形状を比較し、励起光率を算出したところ、従来の光を使った手法では0.006%であったものが、金(Au)をトップゲートとした金属ゲート構造の場合で3%、Auのような金属ゲートではなく、ZnOをトップゲート構造に採用した場合で35%と、大幅に高まることも確認。この効率の向上は、ゲート素材のインピーダンスのミスマッチによって変化したものと想定されており、構造の最適化を進めることで、さらなる効率向上が期待できる可能性があるとしている。
研究グループによると、このZnOが素材として非常に優秀で、成長条件を変えることで、さまざまな伝導度条件を設定できるとのことで、今後、実際に回路を作っていくうえで、欲しい性質に合わせる形でデバイスの構造を最適化することも可能ではないかとしている。ちなみに今回のZnOの条件は、金属ゲートと対照的な条件のものを試したかったとのことで、THzに対してほぼ透明な条件での値であり、今後としてはより金属に寄った伝導度にしていって、どのように変化していくのかを試してみたいとしている。
なお、研究グループでは、そうした今後の研究を通じて、より高度な信号処理素子、例えば周波数可変フィルター、増幅器、変調器などTHz領域で実現していきたいとしており、そうした技術の進化を通じて新たな光電融合技術の発展に結びつけたいとしているほか、THz領域における信号処理技術を発展させていくことで、将来的な情報通信や計算処理速度の向上にも貢献していきたいとしている。