千葉大学、九州大学(九大)、名古屋大学(名大)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の4者は7月16日、「FASER国際共同実験」(FASER実験)にて、欧州原子核研究機構(CERN)が所有する加速器、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いて、テラ電子ボルト(TeV)の電子ニュートリノ(νe)とミューニュートリノ(νμ)の反応断面積(物質との相互作用の強さ)を測ることに成功したと発表した。

同成果は、千葉大大学院 理学研究院の有賀昭貴准教授(スイス・ベルン大学兼任)、九大 基幹教育院・共創学部の有賀智子准教授、ベルン大学の大橋健研究員、九大 基幹教育院の河原宏晃学術研究員、千葉大 理学研究院の早川大樹特任助教、名大 未来材料・システム研究所(IMaSS)の佐藤修特任准教授、同・六條宏紀助教、名大 理学研究科の中野敏行准教授、CERNの稲田知大研究員、KEKの田窪洋介研究機関講師(現・新居浜工業高等専門学校 准教授)、九大 理学研究院の音野瑛俊准教授らが参加したFASER実験によるもの。の共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学専門誌「Physical Review Letters」に掲載された。

  • νeとνμ反応断面積測定結果

    νe(青)とνμ(赤)反応断面積測定結果。縦軸は、核子(陽子および中性子)1個あたりの反応断面積をエネルギーで割ったもの。ニュートリノ反応断面積がエネルギーに比例すると横一直線となる(出所:千葉大プレスリリースPDF)

FASER実験は、ダークマターの正体解明につながる未知の粒子の探索と、高エネルギーニュートリノの研究を目的とした、CERNのLHCの陽子衝突点の超前方(ビーム軸に対して0.03°程度)の480m地点に検出器を設置して行われている実験で、同実験のニュートリノプログラムは千葉大の有賀准教授と九大の有賀智子准教授らが提案した日本主導のもの。

素粒子の標準模型では、レプトン(軽粒子)は大別して2つあり、荷電レプトンは第一世代が電子(e)、第二世代がミューオン(μ)、第三世代がタウ(τ)という構成であり、もう1つの中性のレプトンはニュートリノのことで、同様に3世代あり、νe、νμ、タウニュートリノ(ντ)となっている。そして、3世代が同じように弱い相互作用すると考えられてきた。

しかし近年の研究により、3世代は予想に反した振る舞いをしている可能性が示唆されるようになってきている。つまり、ここに新しい物理現象や未知の相互作用が存在するかもしれないと考えられるようになってきたのだ。この3世代のニュートリノを使って詳細に調べることができれば、新たな謎に迫れる可能性があるという。また、νe、ντはこれまでにテラ電子ボルト(TeV)での反応断面積が測定されたことはなく、高エネルギー領域における初測定は素粒子標準模型を超えた物理の影響があるかどうかを検証することになるとする。

そこで今回の研究では、LHCでの陽子衝突を用いて1TeV程度の高エネルギーニュートリノを生成し、衝突点から480m離れた地下に検出器を置いて捕捉するという新方式が提案され、2022年より実験が行われてきた。ニュートリノ検出器「FASERν」は密度が金と同じタングステンの板と、ナノメートルの精度で粒子の飛跡を検出できるエマルジョン検出器のフィルムが交互に重ねられた1.1トンの検出器である。そして、大量の背景事象の中から高いエネルギーの事象を選び出すことにより、νeとνμの検出に成功。νeに関してはLHC実験の中で今回が初めての観測だという。電子は物質と相互作用すると電磁シャワーを起こすことが知られており、その様子が検出器中で美しく観測されたとした。

  • FASER実験の概念図

    FASER実験の概念図。LHCの陽子衝突点から480mの地点に検出器を設置し、岩盤を貫通してきたニュートリノを検出する(出所:千葉大プレスリリースPDF)

TeVエネルギー帯のニュートリノは従来型の加速器実験では到達できず、宇宙線起因のニュートリノでも探れない空白地帯だったが、初めての反応断面積が測定された。1TeVの反応断面積として、νe公式、νμが0.5±0.2×10-35cm2と計測された。まだまだ大きい誤差の範囲内ではあるが、素粒子標準模型からの予測値と矛盾しない結果といえるという。

  • FASER実験の検出器

    FASER実験の検出器。(左)全体像。(右)FASERν検出器をニュートリノ到来方向の最上流に設置する様子(出所:IMaSS Webサイト)

  • FASERν検出器中で捕えらたνe反応事象のイベントディスプレイ

    FASERν検出器中で捕えらた、反応事象のイベントディスプレイ。ニュートリノの進行方向から見たもので、左上に1.5TeVの電子と右下にその他の粒子が放出されていることがわかる(出所:IMaSS Webサイト)

今回の研究により、衝突型加速器を用いてニュートリノの特徴が測定できることを示せたとする。研究チームは今後、数年をかけて検出するニュートリノの統計数を100倍にし、3世代のレプトンに差があるのか、そこに未知の力が隠されているかどうかなどの問いに答えていくという。特に、今後の詳細研究で検出が期待されるタウニュートリノは実験的理解が乏しいため、タウニュートリノを研究することにより未知の物理機構の解明につながる可能性があるとしている。