近年、多くの企業がイノベーションの重要性を認識している。しかし、「イノベーションを起こせ」という掛け声だけでは不十分だ。早稲田大学 商学学術院 教授 清水洋氏は、6月25日に開催されたWebセミナー「ビジネス・フォーラム事務局×TECH+サミット DX 2024 June. イノベーションの競争戦略」で、イノベーションを効果的に生み出すための戦略と組織の在り方について、具体的な指針を示した。

戦略的資源配分:ボトルネックの解消に注力

清水氏は、イノベーションを生み出すためには、資源をどこに配分すべきかが重要だと指摘する。具体的には、以下の2点に注目すべきだという。

1.顧客の価値を規定するもの

顧客が享受できる価値のボトルネックとなっている部分に注力することで、経済的価値を生み出しやすくなる。例えば、ビデオカメラの性能がいくら高くても、インターネット回線速度が遅ければ、SNSなどで共有したい顧客は高画質動画の恩恵を受けられない。この場合、カメラ性能の向上よりも通信速度の改善に投資する方が効果的である。

2.自社の価値を規定するものの無効化

自社の利益率を圧迫している要因を特定し、それを無効化する新しい方法を見出すことが重要だ。例えば、スターバックスは高品質なコーヒー豆への依存度を下げるため、独自の焙煎技術を開発。また、ラテやフラペチーノなどの製品を押し出すことで、豆の品質変動に左右されにくいビジネスモデルを構築した。

組織づくり:ポートフォリオマネジメントの徹底

イノベーションを効果的に推進するためには、事業ポートフォリオに応じた適切な組織づくりが不可欠だ。清水氏は、ボストン・コンサルティング・グループが提唱しているフレームワーク PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)を例に挙げ、以下のポイントを強調している。

  • ポートフォリオとイノベーション

1.「問題児」事業への適切な資源配分

市場成長率は高いがシェアの低い「問題児」事業には、新規性の高いイノベーションが求められる。ここには、最新のスキルを持ち、内的動機付けの高い人材を配置し、失敗を許容する環境を整えることが重要だ。

2.「花形」「金のなる木」事業の強化

すでに高いシェアを持つ「花形」や「金のなる木」事業では、既存の強みを磨くインクリメンタルなイノベーションで十分だ。ここには経験豊富なベテラン人材を配置し、大きな失敗を避けつつ、効率性を高めることに注力する。

3.評価制度の差別化

「問題児」事業と「花形」「金のなる木」事業では、求められるイノベーションのタイプが異なるため、マネジメントや評価制度も差別化する必要がある。特に「問題児」事業では、失敗を恐れずにチャレンジする姿勢を評価することが重要となる。これこそが、ポートフォリオでイノベーションを考える意味である。

イノベーション促進のためのリーダーシップ

リーダーは、野心的な目標設定と試行錯誤の奨励、失敗の適切な扱いを通じて、イノベーションを促進する環境を整える必要がある。短期的な成果に捉われず、長期的な視点でイノベーションを育む姿勢が求められるのだ。具体的には、以下の役割が求められる。

1.野心的な目標設定

単なる売上や利益に紐付く数値目標ではなく、企業のミッションに基づいた野心的な目標を設定することで、従来の方法では達成できない高い目標に向けて新しいアプローチを考えるよう促す。

清水氏は、この点について自動車メーカー VOLVOの具体例を挙げて次のように説明する。

「VOLVOは2020年から販売する新車での死傷者をゼロにするという目標を20年ほど前に掲げました。これは非常に高い目標設定です。従来の車づくりでは到底達成できない目標だからこそ、新しいアプローチを考えざるを得なくなります」(清水氏)

2.試行錯誤の奨励

イノベーションは多くの試行錯誤から生まれる。失敗を恐れずに多くのアイデアを試す文化を醸成することが重要だ。

「イノベーションは頻度と新規性の分布で表すことができます。多くのアイデアを出せば出すほど、その大半は新規性の低いものになるが、同時に少数の非常に優れたアイデアも生まれる可能性が高まるのです。つまり、試行錯誤の量を増やすことが、質の高いイノベーションを生み出す鍵となります」(清水氏)

  • イノベーションの分布

3.失敗の適切な扱い

失敗には「意図しない失敗」と「意図的な失敗」の2種類がある。意図しない失敗については、責任追及ではなく原因追求と共有を奨励し、ポジティブに評価する。

「ある音楽ストリーミングサービス企業では、プログラムが正常に機能しなかった場合、その原因を追求し、社内で共有することをボーナスに反映させています。これにより、失敗が単なる失敗ではなく、学習の機会として捉えられるようになるのです」(清水氏)

一方、意図的な失敗は組織の学習に不可欠だ。清水氏は、意図的な失敗の重要性について「わざと間違えることで早く正解にたどり着ける。例えば、ある数列のルールを推測する際、自分の仮説が正しいかどうかだけを確認するのではなく、あえて異なる仮説を立てて検証することで、より早く真のルールを発見できる可能性がある。これは帰無仮説の重要性を示している」と説明する。このような意図的な失敗を通じて、組織は固定観念から脱却し、新たな可能性を探ることができるのだ。

4.適切な評価と報告のタイミング

イノベーションには、ある程度のリスクを恐れない人材が必要だ。しかし、リスク愛好的な人材の管理には注意が必要である。短期的な成果報告、いわゆる「ホウレンソウ」を過度に求めると、リスク回避的な行動を誘発する可能性があるという。イノベーションを担当する部下には、一定の期間、信頼して任せることが重要となる。

「部下の活動を細かく把握したい気持ちは理解できますが、報告の期間をある程度長くし、部下を信頼して任せることが大切です。これにより、短期的な成果に捉われず、より大きなイノベーションに取り組む環境を整えることができます」(清水氏)

イノベーション推進のための統合的アプローチ

清水氏は最後に「イノベーションを生み出すためには、ボトルネックの解消に焦点を当てることが重要だ。また、ポートフォリオマネジメントを徹底し、各事業に適したイノベーションの方向性を部下に明確に伝えてほしい。そして、経験は浅くても最新のスキルを持ち、内的動機付けの高い人材を集めることが、イノベーション推進の鍵となる」と改めて強調し、講演を締めくくった。

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これらの指針を踏まえ、自社の状況に応じたイノベーション戦略を構築し、実行することで、激変する市場環境のなかで持続的な競争優位を築くことができるだろう。