自閉スペクトラム症(ASD)の「友人を記憶する能力の低下」という症状が海馬のある領域の異常に起因することが分かったと、東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大准教授らの研究グループが発表した。ASDの神経メカニズムの理解が進み、治療法の開発につながる成果と期待される。

奥山准教授によると米疾病対策センター(CDC)が昨年発表した調査で米国では36人に1人の割合でASDと診断され、増加傾向にある。興味が限定し、コミュニケーションや共感性に難しさを抱えるほか、友人一人一人を記憶(社会性記憶)する能力の一部が低下することが臨床研究により報告されている。

奥山准教授やジョン・ミョン助教(研究当時・大学院生)らの研究グループはこれまで記憶を司る海馬の中の「腹側CA1」と呼ばれる領域の神経細胞に「誰」という他者の記憶が貯蔵されており、複数の神経細胞の組み合わせにより特定の相手についての記憶を保持していることを明らかにしてきた。またASDに関連するとされる遺伝子の「Shank3」に欠損を持つマウスは社会性記憶が低下していることも突き止めていた。

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    東京大学の奥山輝大准教授

奥山准教授らは今回、「in vivoゲノム編集技術」(クリスパー・キャス9法)と呼ばれる方法で 腹側CA1領域だけでShank3遺伝子が働かないマウスを作成した。

健常マウスは通常、見知った相手と見知らぬ相手を識別し、見知らぬ相手に興味を示して長い時間接近をする。しかし、海馬の腹側CA1領域でShank3遺伝子の機能を欠損させた海馬腹側CA1細胞を徐々に増やすとそのマウスはある段階(閾値:いき値) を超えると社会性記憶の障害を起こすことが分かった。

奥山准教授はヒトのASDの社会性記憶障害でも今回マウス実験で明らかになった脳の海馬の領域の異常に起因し、海馬がASD治療の新たな標的となる可能性があるとみており、今後治療法の開発につなげたいとしている。

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    ASDに海馬の腹側CA1領域が関係することを示す研究成果の概念図(東京大学/奥山輝大准教授らの研究グループ提供)

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    海馬の腹側CA1領域でShank3遺伝子の機能を欠損させたマウスでは社会性記憶に異常を示したことを示す研究成果の概念図(東京大学/奥山輝大准教授らの研究グループ提供)

奥山准教授によるとASDに関連する遺伝子は数百あるとみられ、その関与度には濃淡があるがShank3遺伝子はかなり重要な役目を果たしているという。厚生労働省の健康情報サイトはASDについて「原因はまだ特定されていないが多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる、生まれつきの脳の機能障害が原因と考えられる」としている。

しかし、多くの専門家は「親や子どもにASDに関連する遺伝情報があるからといって必ずしもその親の子どもやその子どもの兄弟がASDと診断されるわけではない」と指摘している。「病気というより持って生まれた特性と考えるべき」という意見もある。

 ASDの症状が出る原因については環境要因も指摘されている。奥山准教授は「ASDの研究による病態の解明は一人一人が異なる多様性の真の意味を理解することにつながる」と述べている。

今回の研究は科学技術振興機構(JST)の「創発的研究支援事業」「さきがけ」などの支援を受けて進められ、研究論文は6月12日の英科学誌「ネイチャー・コミュ二ケーションズ」電子版に掲載された。

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    (東京大学/奥山輝大准教授らの研究グループ提供)

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