横浜国立大学(横国大)は6月28日、世界中で年間600万トン以上が排出され、これまでは燃やすか埋め立て処分するしかなかったコーヒー粕を原料とし、その乾燥重量の約半分を占める「ヘミセルロース」と「セルロース」のみからなる「ホロセルロース」まで処理した後、高圧下での物理的な衝撃によって水中で微細化を行った結果、52%という高収率で線維幅2~3nm・繊維長平均0.7~1μmの「ホロセルロースナノファイバー」(HCNF)を分離することに成功したと発表した。

同成果は、横国大 工学研究院の川村出教授、横国大 環境情報研究院の金井典子助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、高分子多糖類に関する全般を扱う学術誌「Carbohydrate Polymer Technologies and Applications」に掲載された。

世界中で年間600万トン以上が排出されるコーヒー粕に対して、持続可能な「アップサイクル技術」(廃棄物から環境付加価値の高い物質を新しく創り出す技術)の開発が求められているが、実用化に至った例は数例に留まるという。コーヒー粕は、細胞壁の主要な成分であるヘミセルロース約40%、リグニン約30%、セルロース約10%を含む高純度のセルロース系廃棄物資源であり、焙煎度や種類による違いはほとんどない。そのため近年は、コーヒー粕の細胞壁抽出物を有効利用する研究が活発化している。

細胞壁成分のセルロースは、ナノメートルスケールに細かくすることで、超極細の繊維であるセルロースナノファイバー(CNF)が得られる。CNFの製造には、セルロース分子鎖間の強固な水素結合を切断する必要があり、非常に大きい物理的な圧力を加える必要がある。

そうした中、「TEMPO触媒酸化法」(触媒量のTEMPO(常温常圧で安定な有機ニトロラジカル「2,2,6,6テトラメチルピペリジン-1-オキシル」)を含む水溶液中でセルロースを反応させ、軽微な解繊処理をすることでCNFを生成する手法)を用いることで、大掛かりな機械なしでコーヒー粕由来CNFの製造に成功したのが、横国大の川村教授らの研究チームだ。しかし、コーヒー粕に元々含まれるセルロース量が約10%と低いことから、低収率でしかCNFを得られないことが課題だったという。そこで研究チームは今回、セルロースと同じ多糖類に分類されるが、構造の異なるヘミセルロースに着目して、その課題の解決を図ったとする。

今回の研究では、鎌倉市内のオフィスやカフェから出たコーヒー粕を原料として、コーヒー粕乾燥重量の約半分を占めるヘミセルロースとセルロースのみからなる成分であるホロセルロースまで処理した後、高圧下物理的な衝撃によって水中で微細化。その結果、52%という高収率でHCNFを得ることに成功したという。

このHCNFは、繊維幅平均2~3nm・繊維長平均0.7~1μmに分離していることが、原子間力顕微鏡による観察で明らかにされた。これは、最も微細なCNFが得られるTEMPO触媒酸化法から得たのと同水準の微細化度だったとする。一般的に機械的なナノ化処理で得られるCNFは、強固で不均一な水素結合が原因で数十nm幅程度までしか細かくできないとされる。しかし、コーヒー粕に含まれるヘミセルロースが水に膨潤しやすい性質を持っていたことから、2~3nmへの微細化が促進されたと考えているとする。

  • (左)コーヒー粕から分離されたHCNFの生成スキーム。(右)HCNFの原子間力顕微鏡画像で2~3nmの繊維幅と、0.7~1μmの長さであることが確認された

    (左)コーヒー粕から分離されたHCNFの生成スキーム。(右)HCNFの原子間力顕微鏡画像で2~3nmの繊維幅と、0.7~1μmの長さであることが確認された。顕微鏡画像で白く球状に見えているものは、コーヒー粕のヘミセルロースであるマンナンが結晶化したもの(出所:横国大プレスリリースPDF)

次に、X線回折法と固体核磁気共鳴分光法を用いて構造解析が行われた。その結果、HCNF上にはコーヒー粕の主要なヘミセルロースであるマンナンが結晶化した状態で含まれ、コーヒー粕由来HCNFがこれまでに報告のない新しい特徴を持つことが突き止められた。

さらにコーヒー粕由来HCNFを凍結後乾燥させると、発泡スチロールのような形状となったという。これに再度水を加え、手で振とう(ハンドシェイク)させると、30~50nm幅まで再び分散することも判明。凍結乾燥させたHCNFには、ハンドリングが容易であること、保存料フリーで長期的な保存が可能であること、輸送時の容量を飛躍的に少なくできることなどの優れた点が挙げられるとした。

今回開発されたHCNFは、食品廃棄物のコーヒー粕に対する新しいアップサイクル技術だ。研究チームは現在、高度に微細化され、マンナンを含む構造的特長を活かし、食品用乳化安定剤としての利用に向けたさらなる研究を行っているとのこと。その一方で、コーヒー粕の回収経路の確立や乾燥工程が解決すべき課題として挙げられるとする。そしてHCNFについては、植物由来の環境に優しい乳製品、肉製品、ケーキ生地などの食品添加剤や化粧品などへの利用も期待されるとしている。