東京大学(東大)は6月21日、動物実験により、バイオフィードバック(バイオFB)訓練で自分自身の心拍数を下げられることを実証し、脳から心臓に指令が送られる仕組みを解明したと発表した。
同成果は、東大大学院 薬学系研究科の吉本愛梨大学院生、同・池谷裕二教授の研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。
バイオFBとは、生体信号の変動を被験者自身に認識させることで、自律神経系が支配する不随意性の生理活動を意識的に制御する技術のこと。心拍数も訓練次第で目標回数まで下げることが可能で、「心拍フィードバック」(心拍FB)などと呼ばれている。
しかし、脳内での心身相関の神経基盤を解明するには、動物モデルが必要だが、動物に自己統制感を獲得させることは難しく、覚醒下の実験動物を用いた実験系は未確立だったとする。そこで研究チームは今回、自由行動中のラットを用いて心拍FBの実験系を構築し、同FBを可能とする仕組みの解明を目指すことにしたという。
まずラットの大胸筋には記録電極が、ヒゲの感覚に対応した脳内の左右の「バレル皮質」と、報酬系の一部である「内側前脳束」には刺激電極が留置された。ラットは、設定された目標心拍数に近づくほど、高頻度の電気刺激が左バレル皮質に与えられることでわかる仕組み。また、ラットは心拍数を目標回数まで下げられたら、内側前脳束が刺激されて報酬が与えられる。報酬刺激10回で、より低い目標心拍数が新たに設定され、訓練が繰り返された。そして訓練の結果、ラットの心拍数は平静時で毎分450回ほどだが、毎分200回ほどまで下がることが確認されたという。
次に、心身状態への影響を評価するため、不安症状に着目した行動試験が行われた。高所において、壁がない危険なオープンアーム(OA)と、壁のある安全なクローズドアーム(CA)で構成される高架式十字迷路が用いられた。同迷路では、CAにいる時間が長いほど不安が強いことを意味する。検討の結果、心拍FBを5日間行った後では、訓練開始前と比べてOAへの探索が増えたという。総行動量は変化せずに、OAの探索が増えたことは、ラットが何らかの方法で不安や恐怖を抑制していることが示唆されているとした。
さらに、訓練後の迷路試験では、訓練前と比較してOAでの心拍数が有意に低下した。心拍FBにより、不安が大きくなるOAでも心拍数を低く維持できるようになった結果、末梢シグナルである心拍数の情報が脳に影響を与え、不安に打ち勝てたと考えられるとした。
続いて、心拍FBで活性化した脳領域が調べられ、「前帯状皮質」や「島皮質」などが確認された。そこで、それらの神経活動が抑制されたところ、前帯状皮質を抑制した時に心拍FBによる心拍数の減少が阻害されたという。
さらに、前帯状皮質からの神経接続を持つ神経細胞が同定された。その結果、同領域の心拍FB中に活動した細胞の多くが、「視床内側核」へと神経投射していることが判明。それらの投射細胞が抑制されたところ、心拍FBによる心拍減少の効果が減弱したとする。これらの結果から、前帯状皮質から視床内側核への入力が、心拍数の自己制御に必要であることが推測された。
視床内側核へ投射を持つ前帯状皮質の細胞から神経活動を記録すると、心拍低下が進む訓練後期になるほど、シータ(θ)波(7Hzの神経振動)の有意な増加が強く見られたという。θ波が徐脈の誘導原因になっているのかを調べるため、光遺伝学的操作を用いて視床内側核への投射細胞が7Hzのリズムで刺激され、θ波が人工的に誘導された。すると、心拍FBを行っていなくても、心拍数が低下したとする。つまり、視床内側核への投射細胞がθ波を生み出すことで、心拍FBによる心拍数の低下を引き起こしていることが予測された。
心臓への副交感神経の支配は、脳幹の迷走神経核が担っている。しかし、今回の実験のような意志による心拍の制御においても、迷走神経核のニューロンが関与するのかは不明だった。迷走神経核への神経投射を持つ上流の脳領域が探索され、「視床下部背内側核」であることがわかったという。
以上の結果から、前帯状皮質で生じた「意志」命令を、視床/視床下部を介して、副交感神経系の中枢である迷走神経核に伝えられていることが考えられるとした。本来は結合性が弱く、意図的には制御できない自律神経系が、心拍FBにより、大脳皮質で制御可能となり、両者の連結が強化される可能性があるとした。
今回の発見は、心拍のみならず、呼吸や蠕動運動などの生理活動の自己制御にも拡張できる可能性があるとする。今回解明された皮質-視床回路が、心拍以外の自律神経系制御にも汎化できるのかを検討することで、バイオFBを担う神経基盤を精査し、脳と身体がどのようにつながっているのかという謎へ、新たな示唆を与えられるとしている。