岐阜大学は6月21日、酸化反応によって溶けて水溶液状態になった後、自発的にもう一度ゲル(ゼリー)状態に戻るという珍しい現象を見せる、「アミノ酸誘導体型分子」(以下「Fmoc-CBzl」)からなるハイドロゲル(水系のゲル状物質)を作り出したことを発表した。
同成果は、岐阜大 工学部 化学・生命工学科の池田将教授、岐阜大大学院 連合創薬医療情報研究科の新谷勇喜大学院生、山形大学大学院 有機材料システム研究科の片桐洋史教授の共同研究チームによるもの。詳細は、ナノテクノロジーを含む材料科学に関する学際的な分野を扱う学術誌「Advanced Functional Materials」に掲載された。
ゼリーに代表されるゲル状物質とは、溶媒が固まっている状態に相当する弾性を示し、液体と固体の中間的な性質を持つ。液体である水をそのようなゲル状態にするためには、溶質であるゲル化剤と呼ばれる物質が水の中にネットワーク化した構造体を作る必要があるとされている。水系のゲル状物質はハイドロゲルと呼ばれ、生体適合性材料として医療面での応用が期待されている。
そうした中、水中で自己集合する分子をデザイン・合成し、それらの分子を水中で自己集合させることによって得られるナノファイバーネットワークからなるハイドロゲルの研究開発を進めているのが研究チームだ。今回の研究では、天然アミノ酸の1つであるシステインを原料とするハイドロゲルの開発を目指したという。
そして研究の結果、水中で自己集合し、ナノファイバーネットワークを形成してハイドロゲルとなるFmoc-CBzlが見出されたとする。得られたハイドロゲルの性質を調べた結果、過酸化水素(H2O2)の添加に伴う酸化反応によって溶けて水溶液状態になることが明らかにされた。以上の実験結果は予想された範囲内だったというものの、研究チームはさらに観察を続けたとのこと。すると、水溶液が再びハイドロゲル状態に戻るという予想外の不思議な現象が偶然発見されたとした。
そこで、この現象をさまざまな分析手法で詳しく調べたところ、Fmoc-CBzlの「スルフィド部位」が、酸化反応によって「スルホキシド部位」に変換されていること、および生成されたスルホキシド部位のキラリティに由来する2種類の異性体「Fmoc-CBzl-(R)-O」(以下(1))と「Fmoc-CBzl-(S)-O」(以下(2))の間で自己集合能が異なることが突き止められた。
この種の異性体(ジアステレオマー)が異なる自己集合能を示すことは理論的に説明できるが、スルホキシド部位の立体異性(硫黄原子(S)に酸素原子(O)が結合している向きが異なるだけの違い)に起因する現象として実験的に示された例はそれほど多くないという。
より具体的には、(1)は原料であるFmoc-CBzlと同様にナノファイバーネットワークを形成するが、(2)はナノファイバーではなく、ネットワーク化しないナノ粒子を形成することを、それぞれを分離精製して解明したとする。さらに、ナノファイバーを形成する(1)およびFmoc-CBzlの自己集合様式は、X線結晶構造解析によって原子レベルで解明された。
次に、ナノスケールの構造体の変化を調べるために顕微鏡を用いて、Fmoc-CBzlハイドロゲルの酸化反応による応答挙動が観察された。その結果、ハイドロゲル状態で存在していたナノファイバーネットワークが酸化反応の進行とともに消失し、ナノ粒子に変化した後、しばらくすると再びナノファイバーネットワークが自発的に出現することが判明したとする。
そして、そのようなナノ構造体の構造変化(ナノファイバーネットワーク→ナノ粒子→ナノファイバーネットワーク)は、巨視的な状態変化(ハイドロゲル水溶液(ゾルとも呼ばれる)ハイドロゲル)とよく相関することが解明された。つまり、巨視的な状態変化は、酸化反応によってナノファイバーネットワークを形成していたFmoc-CBzlが少なくなり、その代わり増えてくる(2)の影響でナノ粒子に変化するものの、時間が経過すると、今度は(1)の影響で再びナノファイバーネットワークに変化したと解釈できるとした。
今回の研究で開発されたようなハイドロゲルの内部には、細胞やバイオ医薬品を包埋できることが知られていることから、研究チームは、新たな医療用材料としての応用開拓が期待されるとしている。