名古屋大学(名大)は6月3日、世界の4大作物の1つであるジャガイモにとって、農家が最も警戒する必要がある病原菌の1つ「ジャガイモ疫病菌」(Phytophthora infestans)の細胞膜に含まれる成分から、植物が病原菌由来の物質として認識している2種類の物質として、セラミド化合物の「Pi-Cer」と、ジアシルグリセロール化合物の「Pi-DAG」を特定したことを発表。またそれらを前もってジャガイモに加えてその他の植物にも処理すると、植物の病原菌への抵抗力が向上する効果が示されたことを報告した。

  • 植物による病原菌の認識

    植物による病原菌の認識。植物細胞は、病原菌に特有の物質の構造を細胞膜上の受容体で認識することで、病原菌に対する抵抗性を活性化する。(右下)シロイヌナズナで特定された受容体が示されている(出所:名大プレスリリースPDF)

同成果は、名大大学院 生命農学研究科の竹本大吾教授、同・小鹿一名誉教授、同・川北一人名誉教授、京都大学大学院 農学研究科の加藤大明特定研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、植物生物学に関する全般を扱う学術誌「Plant Physiology」に掲載された。

ジャガイモ疫病菌による世界全体での経済的損失は、年間約1兆円と試算されている。また19世紀中ごろには同菌の感染が蔓延し、欧州では深刻な飢饉が発生。中でも被害が甚大だったアイルランドでは餓死者や病死者が多数出て、さらに同国から人々が国外へ逃げ出したことにより、800万人弱の人口が半減したほどだったとされる。ジャガイモ疫病菌は、ジャガイモの栽培においてまさに“天敵”ともいえる存在である。

植物の病原菌としては、細菌・真菌(カビ)・卵菌など、実にさまざまなタイプがあることがわかっている。植物が、細菌や真菌の成分をどのように認識して免疫応答を活性化しているのかに関する研究は進んでいるが、重要な病原菌(疫病菌・べと病菌など)を多く含む卵菌の成分についてはあまり研究が進んでいないという。そこで研究チームは今回、植物が卵菌の攻撃を認識する機構の解明を目的として、ジャガイモ疫病菌からの抵抗性誘導物質の精製を行ったとする。

同研究ではまず、ジャガイモ疫病菌を培養した菌体の粗抽出液を用いて、ジャガイモ細胞や塊茎(イモ)への処理が行われた。すると、植物の病原菌に対する典型的な抵抗反応である活性酸素(スーパーオキシド(O2-)や過酸化水素(H2O2)など、酸素分子(O2)よりも活性化された反応性の高い分子の総称)の生成や、抗菌物質の生産が誘導されることが確認されたという。

次に、化合物の精製法である「カラムクロマトグラフィー」を複数用いて粗抽出液を分画し、免疫応答を誘導する(=植物に異物として認識される)物質の精製が進められた。その結果、活性酸素生成を誘導する物質としてPi-CerDが得られたとのこと。さらに、抗菌物質の生産を誘導する活性を指標に精製が進められたところ、Pi-DAGAが単離されたとする。

  • ジャガイモ疫病菌から精製された植物の免疫を活性化する物質

    ジャガイモ疫病菌から精製された植物の免疫を活性化する物質(出所:名大プレスリリースPDF)

続いて精製されたPi-CerDを用いてジャガイモ葉を処理したところ、活性酸素の生成が誘導され、疫病菌への抵抗性が向上したことが判明。同様に、Pi-DAGAの部分構造である不飽和脂肪酸の1種「エイコサペンタエン酸」(EPA)を用いて、ジャガイモの塊茎が処理された。すると、ジャガイモが抗菌物質である「リシチン」を生産し、疫病菌の感染が阻害されたという。また、Pi-CerDやEPAによる抵抗性応答の活性化は、ジャガイモ以外の植物でも確認されたとした。

  • Pi-Cer D処理によるジャガイモ葉での活性酸素生成と、EPA処理によるジャガイモ塊茎での抗菌物質の蓄積

    (上)Pi-Cer D処理によるジャガイモ葉での活性酸素生成。(下)EPA処理によるジャガイモ塊茎での抗菌物質の蓄積。いずれも対照区と比較して、病原菌の感染が抑制された(出所:名大プレスリリースPDF)

研究チームは次に、Pi-CerDとEPAに含まれる、植物に認識される構造を調査。その結果、それぞれ「9-methyl-4,8-sphingadienine」および「5,8,11,14-tetraene-type fatty acid」であることが解明された。両構造は、真菌や卵菌では共通して見出される一方で、高等植物は持たない分子構造であり、植物はこれら非自己の分子を「微生物関連分子パターン」として認識し、免疫応答を発動する指標としていることが示されたとしている。

最後に、Pi-CerDとEPAを処理した植物の遺伝子発現が網羅的に解析され、比較が行われた。その結果、異なるセットの遺伝子群が活性化されていることがわかったとのこと。これらの結果から、Pi-CerDとEPAは植物の異なる受容体を介して認識されていることが示唆されたという。

作物の農業生産の現場において、病原菌の感染による減収は最も重大な問題の1つだ。今回の研究では、病原菌の細胞に含まれる「植物に認識される構造」を解明し、それらの物質を植物に与えることで、免疫反応が活性化されて病害が軽減されることが示された。今回の研究で見出された物質は、魚介類やきのこなどに多く含まれている成分であり、植物の病気を予防する「バイオスティミュラント資材」(生物刺激資材)としての活用が可能だ。研究チームは、植物が本来持っている免疫力を活性化する同資材について、環境負荷を低減した農業への活用が期待されるとしている。