早稲田大学(早大)と山口大学は5月8日、市販のコンタクトレンズに搭載可能な、小さく透明で柔らかい多点マイクロ電極を開発し、これまで技術的な課題のあった、網膜の局所的な(複数箇所での)応答を測定できることを確かめたと共同で発表した。
同成果は、早大大学院 情報生産システム研究科の三宅丈雄教授、同・アザハリ・サマン助教、山口大大学院 医学系研究科 眼科学講座の木村和博教授、同・芦森温茂助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、基礎研究と産業の間を埋める新材料の応用研究に関する全般を扱う学術誌「Advanced Materials Technologies」に掲載された。
網膜変性疾患の検査などで利用される網膜電図(ERG)は、光刺激に応答する網膜から発生する電位を角膜上のセンサ電極で測定する仕組み。実用性や安全性の観点で、レンズ形状に加工された硬質なプラスチック上に金属が配線された製品が市販されている。このような一般的な1電極によるERG計測は、学術的には全視野網膜電図(FF-ERG)と呼ばれているが、網膜の複数箇所での応答を取得できないなどの課題があった。
局所的な応答を測定する方法として、多局所網膜電図や多電極網膜電図があるが、それぞれ一長一短を抱えていた。そこで研究チームは今回、半導体微細加工技術と電気メッキ技術を組み合わせることで透明度、電気伝導度、柔軟性に優れるメッシュ電極を作製し、ERG計測可能な多電極化、市販のコンタクトレンズ上への接合および局所的絶縁化を試みることにしたという。
透明で柔らかい金属電極を作製するために、形状(Serpentine、square、zigzag、hexagon)、幅(5、7、9μm)、ユニット幅(200、500、1000μm)を変えたマイクロメッシュ電極が作製され、透過性および10%の歪みを加えた際の抵抗値変化が評価された。ここで用いられた金属は、電気メッキで作製された金である。
透明性に関しては、すべてのマイクロメッシュ電極において、80%以上の透過性が示されたが、10%歪においては、Serpentineとhexagonのみ歪みに耐えうることが判明した。ソフトコンタクトレンズを用いた場合、眼圧などの変化によってレンズに~3%程度の歪みが生じるため、検出電極の伸縮性が求められるとする。
次に、開発されたメッシュ電極が、市販のコンタクトレンズ表面に貼り付けて作製された。角膜とコンタクトする必要があるため、研究チームがこれまでに用いてきた、金マイクロメッシュ上にPEDOT導電性高分子が被覆された構造による電極技術が用いられた。複合化されたマイクロメッシュ電極においても、80%以上の透過性を有することは確認済みだという。
そして、最終的なターゲットである多点電極によるERG計測において、マイクロメッシュ電極から計測につなげるリード電極の絶縁をどのようにするのかという課題が浮上した。そうした中で、メッシュ電極の導電性高分子のみの導電性を維持する方法として発見されたのが、電極全体の両端に直流電流を印加することで、リード線に流れる電流と金マイクロメッシュ上に新たに流れる電流値を電極構造で制御できるということだった。
その確認のため、計算機シミュレーションが行われ、電流密度として約70倍以上の電流値の差があることが確かめられ、実験的にリード線上の導電性高分子のみが過酸化されること、同時に、フーリエ変換赤外線分光法による分子振動解析で導電性高分子の構造変化が確かめられたとした。さらに、通電試験が実施されたところ、マイクロメッシュ電極を介してのみ電圧が計測されることも確認されたという。
最後に、開発された複合化マイクロメッシュ電極の生物学的安全性と動物試験によるERG計測電極としての性能評価が実施された。ヒト由来の角膜上皮細胞を用いて、各マイクロメッシュ電極(Au、Au/PEDOT、Zn)上での細胞生存率が求められた。その結果、AuとAu/PEDOT電極上は90%以上の高い生存率を保ち、電気メッキで作製されたAu/PEDOT複合電極は十分な安全性を有しているといえるとした。
さらに、今回の複合マイクロメッシュ電極をアレイ化(7電極)した多電極レンズが試作され、家兎の眼に装着させた結果、各電極からERGが計測できることが確認されたとする。今回の研究で開発されたメッシュ電極から取得された網膜電位信号は、市販のERG電極と同等の性能を有していることも確認済みとした。
研究チームは今後、事業化に向け、今回の計測レンズを用いて臨床試験に取り組む予定だという。また、今回のプロジェクトに興味のある企業からの問い合わせを待っているとしている。