名古屋大学(名大)、理化学研究所(理研)、大阪大学(阪大)、高輝度光科学研究センター(JASRI)、ジェイテックコーポレーションの5者は5月8日、従来の性能限界を超え、水素原子の約1/20という超高精度で収差補正でき、なおかつ安定性も有するX線顕微鏡用の形状可変ミラー型対物レンズを開発したことを共同で発表した。
同成果は、名大大学院 工学研究科の松山智至教授(阪大大学院 工学研究科 招へい准教授兼任)、同・井上陽登助教、理研 放射光科学研究センターの矢橋牧名グループディレクター、同・香村芳樹チームリーダー、ジェイテックコーポレーションの中森紘基研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、光学とフォトニクスに関する全般を扱う学術誌「Optica」に掲載された。
放射線の一種であるX線は、1pmから10nmという原始レベルの極めて短い波長を持つ電磁波(光)。X線を使った健康診断のレントゲン撮影で知られているように、透過力が高いことから、物質を破壊することなくその内部を調べることが可能だ。そのX線をミクロの世界の観察に利用したX線顕微鏡であれば、非破壊的かつ、原理的には可視光顕微鏡よりも高い分解能で、しかも電子顕微鏡では扱えない厚い資料ですら内部構造を観察できるポテンシャルを秘めている。
しかし、顕微鏡の対物レンズに求められる作製精度は光の波長程度であるため、X線の場合に要求されるのは原子レベルとなる。これは、X線用対物レンズの作製そのものが原理的に不可能といえ、現状では実現できる空間分解能が制限され、X線顕微鏡本来の性能を発揮できていないとのこと。そこで研究チームは今回、その課題を解決するため、形状を自由に変形できる鏡(形状可変ミラー)を用いたまったく新しいX線反射型対物レンズを提案し、そして実際に開発することにしたという。
形状可変ミラーを用いたX線反射レンズの場合、作製の際に生じた誤差を顕微鏡観察中に検出し、その場で補正することができれば、原理的にはX線用顕微鏡が抱える課題を解決することが可能。問題は、既存の形状可変ミラーでは、精度や安定性が不足しており、X線顕微鏡には適用できないという点だという。
その精度と安定性が不足する根本原因として、「光の反射」を担うミラー基板に「変形の駆動源」(たとえば圧電素子)を組みあわせたことにあると研究チームは考察。異種材料を接合した複雑な構造では、変形特性や安定性に問題が生じるほか、変形の駆動源としてよく用いられる材料の圧電セラミックスなどは、多結晶粒子を焼結して作製された複雑な構造を持つため、安定性や線形性に課題があり、顕微鏡への適用に問題があったとする。
そこで研究チームは今回、発想を逆転し、ニオブ、リチウム、酸素からなるイルメナイト構造を持つ強誘電体材料「ニオブ酸リチウム」(LN)単結晶のみで構成される、可変ミラーが開発された。LNは、電圧を印加することで伸縮する逆圧電効果を持った圧電材料としても知られている。それが今回、X線を理想的に反射できるほど結晶表面を平滑化(表面粗さ0.2nm RMS)できることが見い出されたという。それにより、「X線の反射」と「変形の駆動源」の両方の役割を持つ非常にシンプルな構造を実現。つまり、従来のミラーを駆動源を用いて動かすのではなく、駆動源をミラーとしてしまったのである。
この構造により、印加された電圧に応じて原子レベルの精度で自由に変形することに成功。実際に性能評価が行われたところ、変形の線形性は0.06nmと原子レベルを超えており、また7時間にわたって0.17nmの変形精度を維持することができたとした。これはX線顕微鏡のみならず、さまざまなX線光学実験を実施する上で十分な性能だという。
このミラーを反射型の対物レンズとして顕微鏡に組み込み、世界初となるアダプティブX線顕微鏡の実証実験が、JASRIが運用する大型放射光施設SPring-8にて実施された。λ/16(5pmの距離=水素原子の約1/20)という高い精度で収差(レンズや鏡の作製誤差や配置誤差による光の乱れ)を補正することができ、高精細なX線顕微鏡像を得ることに成功したとする。
今回の研究成果により、作製精度で限界を迎えていたX線顕微鏡の高分解能化を推し進めることができるという。また、長時間をかけて超精密に作りこむことが常識だったX線ミラーの製造方法に対し、今回のミラーの実現はその工程時間の飛躍的な短縮にも貢献できる。さらに、X線顕微鏡のみならず、X線ミラーを用いるさまざまな技術(たとえば、X線分析やX線リソグラフィ、X線望遠鏡)の性能を向上させるポテンシャルも持つ。これらを通じて科学・産業の発展に貢献することが期待されるとしている。