京都産業大学(京産大)は4月18日、アブラナ科植物の一種である水陸両生植物「Rorippa aquatica(ロリッパ・アクアティカ)」(R. aquatica)のゲノム解読に成功し、遺伝子発現解析の結果から、水没という環境変化が植物ホルモンの「エチレン」を介して機敏に感知され、葉の形成に関わる遺伝子の発現が抑制されることで葉の形が変わる、という「異形葉性のメカニズム」を突き止めたと発表した。

同成果は、京産大 植物科学研究センターの坂本智昭博士研究員、同・木村成介教授(同・大学 生命科学部産業生命科学科兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の生物学を扱う学術誌「Communications Biology」に掲載された。

約4億5000万年前に、水中藻類から分岐したものが陸上へと進出し、現在の陸上植物の起源となった。やがて、陸上植物は再び水中環境に進出し(一般に水草と呼ばれる)、さらに中には、水没すると水草のように、また干上がると再び陸上植物のようになって生き延びることのできる、環境適応能力のとても高い水陸両生植物のグループも登場した。

R. aquaticaは北米大陸原産の水陸両生植物で、「異形葉性」を特徴とする。同植物は、陸上では幅広の葉を発生するが、水没すると葉身が針のような、水中生活により適した形の葉を茂らせる。異形葉性は水陸両生植物でよく観察されるが、どのように水没を感知して葉の形を変化させているのかという仕組みについては、これまでわかっていなかったという。これまで、水陸両生植物でゲノムが解読された種がなかったことから、研究チームは今回、R. aquaticaでそれを実現することにしたとする。

  • R. aquaticaの異形葉性

    R. aquaticaの異形葉性(出所:京産大Webサイト)

まず、染色体を塗り分けて可視化する「染色体ペインティング法」を用いて、R. aquaticaの染色体構造の解析が行われた。その結果、同植物の染色体は倍化しており、また一部の染色体が融合していることが判明した。

  • 染色体ペインティング法による染色体構造の解明

    染色体ペインティング法による染色体構造の解明(出所:京産大Webサイト)

次に、Hi-C法を用いてR. aquaticaのゲノム配列が解析された。その結果、染色体15本、ゲノムサイズ約440Mbpのゲノム配列を解読することに成功したという。また、近縁の植物とゲノム配列や染色体構造が比較され、同植物は、進化の過程において起源となる2種類のRorippa属植物が交雑することで成立した異質4倍体植物であることが解明された。

  • Hi-C法による染色体レベルのゲノム解読

    Hi-C法による染色体レベルのゲノム解読(出所:京産大Webサイト)

続いて、異形葉性のメカニズムを解明するため、気中(陸上)で育てたR. aquaticaを水没させ、葉の形がどのように変化するのか、経時的な観察が行われた。その結果、水没4日後という早い段階で若い葉の形の変化が見られることが確認された。このように成長中の若い葉の形を針状の水中葉へ素早く変化させることにより、同植物は、水没しても問題なく成長を継続できることが明らかにされた。

  • R. aquaticaの異質4倍体の成立

    R. aquaticaの異質4倍体の成立(出所:京産大Webサイト)

さらに異形葉性の仕組みを詳しく知るために、R. aquaticaの植物体全体を水没させる前後で、RNA-seq解析を利用し、今回解読されたゲノム情報を活用して、それぞれどのような遺伝子が働いているのかの比較が行われた。その結果、エチレンに関連する遺伝子群の発現が、水没後では大きく上昇していることがわかったという。

  • RNA-seqによる遺伝子発現解析

    RNA-seqによる遺伝子発現解析(出所:京産大Webサイト)

そこで、気中で育てているR. aquaticaへのエチレンの添加を行うことにしたとする。すると、気中にも関わらず、水中葉の形成が促進されたという。また、水没後、葉の表裏の形成に関わる遺伝子である「KAN」や「HD-ZIPIII」などの発現が抑制されていることも突き止められた。葉の発生過程で扁平な形の葉身になるためには、葉がまだ若い時期に表と裏が決定し、その間の部分が成長する必要があることから、エチレンが葉の形を決めるための鍵となっていることが解明された。

  • エチレンが葉の形に与える影響

    エチレンが葉の形に与える影響(出所:京産大Webサイト)

エチレンは水に不溶性の気体なので、植物を水没させると逃げ場を失って植物の体内に蓄積される。R. aquaticaでは、この蓄積したエチレンが、KANやHD-ZIPIIIなどの遺伝子発現を抑制することで、葉身の成長が抑制され、葉の形が針のようになることが考えられたとする。水中葉形成のメカニズムが、遺伝子レベルで初めて明らかにされたとした。

  • 異形葉性のメカニズムン

    異形葉性のメカニズム(出所:京産大Webサイト)

今回の研究により、水陸両生植物が水没などの環境変動にどのように応答しているのか、その一端が解明された。近年、地球温暖化に伴う大規模な環境変動が人類を脅かす危機として顕在化している。とりわけ洪水が頻発し、農業生産に甚大な被害を与えることが懸念されている。今後も、水陸両生植物の研究を進展させ、水位の変動が激しい環境への植物の適応機構の詳細を明らかにすることができれば、その成果を応用することで、洪水が多発するような劣悪環境での農業生産性の向上や陸上生態系の保護などに寄与できる可能性があるとしている。