東北大学は4月9日、三次元動作解析装置を用いて脳卒中症例と健常者の大規模な歩行解析を行い、下肢の関節で発生する力や関節間で協調して生じる力のタイミングを網羅的に解析した結果、左脳の脳卒中と右脳の脳卒中では、歩行速度低下の要因として、歩行時の左右の下肢の役割が異なることを明らかにしたと発表した。

同成果は、東北大 病院診療技術部 リハビリテーション部門の関口雄介主任理学療法士、同・大学大学院 医学系研究科の海老原覚教授、同・出江紳一名誉教授、同・本田啓太非常勤講師、同・大学大学院 工学研究科の大脇大准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、バイオエンジニアリング/テクノロジーに関する全般を扱う学術誌「Frontiers in Bioengineering and Biotechnology」に掲載された。

  • 歩行速度に関係する要因

    歩行速度に関係する要因。左脳の脳卒中症例と健常者は、歩行中に右脚で蹴り出す時期に右脚の関節間で協調して発揮する力のタイミングと左足の指先を上げる力が歩行速度と関係していることがわかった。左足の指先を上げる力は足の裏が床に着くことを調整し、歩行速度を制動する。左脳の脳卒中症例も健常者も右脚が歩行の推進の役割を果たし、左脚は歩行を制動し安定させる役割を担っていた。一方で右脳の脳卒中症例では、協調して発揮する力のタイミングと歩行速度とは関係がなく、左脚で蹴り出す時期に右足の指先を上げる力と左足で蹴る力と歩行速度が関係していた(出所:東北大プレスリリースPDF)

脳卒中とは、脳内の動脈が破裂したり詰まったりして血液の流れが途絶することにより、酸素が運ばれなくなった脳組織の一部が壊死してしまう疾患で、発症部位が左脳なら主に右半身が、逆に右脳なら主に左半身が運動麻痺となる。厚生労働省が発表した2022年の国民生活基礎調査によれば、日本において脳卒中は介護が必要となった原因の第2位となっており、脳卒中により自立した生活が困難になるケースが多い。

脳卒中を発症すると約8割近くが歩行障害を生じるという報告もあり、特に歩行速度が低下するとされている。現状では、アシストスーツ(ロボット型装具)や、電気療法と併用した歩行トレーニングなど、さまざまなリハビリテーション方法が提唱されているが、脳卒中症例の歩行速度は十分な改善ができていないという。そのため、脳卒中による歩行速度低下の詳細なメカニズムの解明が望まれていたとする。

脳卒中の症状は、右脳と左脳のどちらに損傷を受けたかによって異なることがわかっている。右脳はバランス、左脳は微細な運動の調整に関わる。このように役割が異なることから、脳卒中の発症部位によって歩行速度低下のメカニズムが異なるものと予想されるが、その違いは解明されていなかった。そこで研究チームは今回、三次元動作解析装置を用いて、脳卒中症例と健常者の大規模な歩行解析を行うことにしたという。

今回の研究では、下肢の関節で発生する力や下肢の主な関節(足(足首・足の指の付け根)、ヒザ、股関節)の間で協調して発揮される力のタイミングが網羅的に解析された。その結果、左脳と右脳の脳卒中による歩行速度低下の要因の違いが明らかにされたとした。

特に注目すべきポイントとして挙げられたのが、左脳の脳卒中症例と健康者との間で歩行速度と関係する要因が類似していることが判明した点。具体的には、歩行中に右脚で蹴り出す時期に右脚の関節間で協調して発揮する力のタイミングと、左足の指先を上げる力が歩行速度と関係していたという。左足の指先を上げる力は足の裏が床に着くことを調整し、歩行速度を制動する。左脳の脳卒中症例も健常者も右脚が歩行の推進の役割を果たし、左脚は歩行を制動し安定させる役割を担っていることが確認された。

一方、右脳の脳卒中症例では、協調して発揮する力のタイミングと歩行速度とは関係がなく、左脚で蹴り出す時期に右足の指先を上げる力と左足で蹴る力と歩行速度が関係していた。つまり、右脳の脳卒中症例は左脚が推進、右脚が制動の役割を担っていることが明らかにされた。麻痺がある左脚についてはヒザを曲げる力が大きく働いており、安定性が低下していたとする。その影響もあり、左脳と右脳の脳卒中症例は左右の下肢の役割が異なっていた可能性があるとした。

今回の研究によって得られた知見から、左脳と右脳の脳卒中症例では異なる歩行速度低下のメカニズムを持つことが確認された。それらの違いを考慮に入れ、個別化された運動プログラムやアシストスーツ(ロボット型装具)、短下肢装具の開発などが進むことが考えられ、患者に合わせた最も効果的な歩行リハビリテーションを提供できるようになることが期待されるとしている。