藤田医科大学、群馬大学(群大)、富山大学、金沢医科大学、茨城大学の5者は3月26日、知的障害、自閉症、統合失調症、双極性障害、うつ病、アルツハイマー病などの精神・神経疾患モデルを含む、109種類に及ぶモデル動物を対象に、大規模な脳の代謝解析を実施し、疾患の種類に関係なく共通してその多くにおいて脳のpH(水素イオン濃度)が低下し(中性の7より低いと酸性、高いとアルカリ性)、乳酸が増加したことを確認したと発表した。
同成果は、藤田医科大の宮川剛 教授、同・萩原英雄 講師、群大の畑田出穂 教授、富山大の高雄啓三 教授、金沢医科大の西園啓文 講師、茨城大の豊田淳 教授ら7か国131名の国際共同研究チームによるもの。詳細は、「eLife」に掲載された。
脳は活動する際のエネルギー源として、主にグルコース(ブドウ糖)を分解してエネルギーを産生しており、その代謝の結果、乳酸が産生される。これまでの研究から、統合失調症や双極性障害などの精神・神経疾患の患者では、その代謝過程に異常があることが示唆されており、乳酸の増加に伴い、脳のpHが低下すると考えられている。
研究チームは以前、統合失調症/発達障害、双極性障害、自閉症のマウスモデル5種類に共通して、脳のpH低下と乳酸濃度増加を見出し、それらの変化は疾患の病態に関連した現象であることを提唱したという。しかし、そのほかの精神・神経疾患の動物モデルにおける脳のpHと乳酸についての研究はまだ限定的であり、このような脳内の変化が一般性のある現象なのかは不明だったとする。また、脳のpHおよび乳酸量の変化がどのような行動異常と関連しているのかも不明であったことから、今回の研究で、多種類かつ多数の動物モデルの全能サンプルを収集し、pHおよび乳酸量を測定することにしたという。
最終的には遺伝子改変やストレス負荷などが施された109種類・合計2294匹の動物モデル(マウス、ラット、ヒヨコ)の全脳サンプルが収集されたとする。これらからの調査により、統合失調症/発達障害や双極性障害、自閉症のモデルに加え、うつ病、てんかん、アルツハイマー病モデルなど、多様な疾患モデル動物において、脳のpH・乳酸量の変化が共通の特徴であることが確認されたとする。
具体的には、109種類のモデル動物のうち、約30%で脳のpHおよび乳酸量に有意な変化が見られ、その多くが、pHが低下し乳酸量が増加していたという。これは多くの疾患動物モデルで共通して脳のエネルギー代謝の異常が生じていることを示唆するものだという。また、うつ病モデルや、うつ病の併発リスクが高い糖尿病や腸炎を誘発したモデルマウスでも、脳のpH低下・乳酸量増加が見られたとのことで、研究チームでは、さまざまな後天的な環境要因が原因となる可能性が示されたとしている。さらに、以前に研究チームが解析した以外の統合失調症/発達障害のモデルマウスでも脳のpH低下・乳酸量増加が確認されたともしている。
このほか、これら109種類のモデル動物のうち、最初にデータが取得された65種類を探索群とし、乳酸データと行動試験データを統合した解析が行われたところ、脳の乳酸量変化が行動レベルでの機能発揮に関連していることが示唆されたとのことで、特に作業記憶の低下が乳酸量の増加と関連していることが判明。残りの44種類のモデル動物を確認群とした独立した研究でも、脳の乳酸量増加と作業記憶の低下との関連が再確認されたとした。
ただし自閉症モデルマウスにおいては、pHの低下と乳酸量の増加を示すモデルと、逆のpH増加(アルカリ化)・乳酸量低下を示すモデルも複数発見されたとしており、このことについては、個人によって症状が大きく異なる自閉症における患者サブグループ(個人差)に対応している可能性が考えられるとする。
なお、研究チームでは、今回の研究成果について、認知機能障害を伴うさまざまな疾患に共通する脳内の特性を理解する新たな手がかりとなる可能性を持ち、既存の疾患分類の枠組みを超える影響をもたらすかも知れないとしている。
また、さまざまなモデル動物は、疾患の特定の症状や特定の患者サブグループに対応する可能性があるともしており、今後、各モデル動物の脳のpHおよび乳酸量の変化に焦点を当て、それが生じる脳領域を特定し、その変化の詳細なメカニズムを解明することで、対応する症状や状態における脳病態の理解が深まることが期待されるとしているほか、乳酸およびpHの実体である水素イオンは、さまざまなタンパク質に結合してその構造や活性を調節するなどの機能を持つが、疾患におけるpHや乳酸量の変化が、病態や症状に対して与える影響が良いのか悪いのかはまだわかっていないことから、これらの変化の機能的な意味を解明することで、将来、脳の代謝変化という生物学的特徴に基づく新たな治療法の開発が進むことが期待されるともしている。