海洋研究開発機構(JAMSTEC)は3月15日、日本で台風予測に用いられている「気象庁全球数値予報モデル」(以下、「気象庁モデル」と省略)を評価用に低解像度化し、その中に新しく開発した「雲モデル」(以下、「新モデル」と省略)を組み込んだ結果、熱帯低気圧の気候学的な性質の再現性を大きく改善し、将来的に台風の予測精度向上が期待できることが分かったと発表した。
同成果は、JAMSTEC アプリケーションラボの馬場主任研究員を中心に、気象庁の研究者も参加した共同研究チームによるもの。詳細は、大気科学に関する全般を扱う学術誌「Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society」に掲載された。
台風の進路予測の改善は進んでいるが、強度予測についてはこの10年ほど足踏み状態だという。その理由として、台風は雲で構成されていることから、数値予報モデル中の雲モデルに原因がある可能性が考察されている。しかし、さまざまな形状や性質を持つ雲を1つの数値モデルで表現することは困難なため、改善には従来にない技術が求められていた。そこで研究チームは今回、その要求を満たす新モデルを開発することにしたという。
粗い計算格子では格子内部に存在する雲を捉えることは難しいため、新モデルでは、計算格子に含まれる個々の雲の統計的な性質がモデル化された。また、1つの計算格子中には複数の異なる種類の雲が存在すると考えられることから、それらの雲が同じ計算格子に存在できるようにも設計された。
性能検証を進めていくうちに、さまざまな気候モデルにおいて、新モデルは元のモデルの性能を向上させることが確認されたほか、熱帯低気圧に対しても再現性を向上させる傾向があり、気象庁モデルの台風予測精度を向上させられる可能性が予想されたことから、実際に組み込んで検討することにしたとする。
評価用に低解像度化された気象庁モデルに新モデルが実装され、過去20年間の全球大気シミュレーションを実施。そして、熱帯低気圧の気候学的な再現性についての性能検証として、新モデルと元のモデルを用いて、再現された熱帯低気圧の統計量の比較が行われた。その結果、新モデルでは北半球で熱帯低気圧の軌道密度(熱帯低気圧が発生し、通り過ぎる頻度)に大きな改善が見られたという。熱帯低気圧の発生数が多い、日本近海を含む北西太平洋では特に軌道密度がより現実に近づいたとした。
月別の熱帯低気圧発生数で比較してみても、日本が位置する北西太平洋では、新モデルを用いた方がより現実に近かったとする。この結果は、日本に影響をもたらす熱帯低気圧が、新モデルでより正確に再現できるようになったことを意味している。さらに熱帯低気圧の強度を最大風速と最小気圧で調べてみたところ、新モデルの方がより強い熱帯低気圧まで再現しており、強度の面でも再現性が向上していることが確認された。
次に、数値モデルで再現される熱帯変動が調べられた。新モデルを実装することで、熱帯低気圧の発生に影響するエルニーニョ応答や「マッデン・ジュリアン振動(MJO)」(赤道で発生する周期的かつ大規模な雲の活動)の再現性が大きく向上していることが判明。特に、MJOは多くの気候モデルや大気モデルで再現がうまくいっていなかったが、新モデルに入れ替えたことで明確にその挙動が再現されるようになったことがわかったという。
今回の研究で、評価用に低解像度化した気象庁モデルでは、新モデルによって熱帯低気圧の気候学的性質の再現性が大きく改善することが明らかにされた。これは数値予報モデルによる台風表現の基礎的な性能向上を示すもので、近い将来、新モデルが実際に気象庁モデルに組み込まれた際も、性能向上が期待されるレベルだという。また気象庁モデルは、天気予報だけでなくエルニーニョなどの季節予測や日本を代表する再解析データの構築にも用いられているため、季節予測の性能向上や再解析データの品質向上にも貢献することが期待できるとした。
研究チームは今後、個別の台風事例について再予測実験を行い、より詳しい予測精度を検証する予定とするほか、天気予報用の数値予報モデルとして年間を通じて安定した性能向上が得られるかなど、近い将来のモデル改良が期待される成果として、実用可能性について気象庁において評価が行われる予定としている。