東京工業大学(東工大)は3月8日、二重プラズモニック光触媒「Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造」を新たに開発し、可視光に加え、これまでの光触媒ではほぼ利用できていなかった近赤外光でも顕著な水素生産を達成したことを発表した。

同成果は、東工大 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所のチャン・ツォーフー・マーク准教授、同・陳君怡特任講師、同・徐雍鎣特任教授(台湾国立陽明交通大学 工学院材料系 教授兼任)らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

太陽光のエネルギー分布は、紫外線(波長およそ400nm未満)で約6.8%、可視光(波長およそ400~700nm)で約38.9%、近赤外線(波長おそ700~3000nm)で約54.3%。しかし、これまでに開発された光触媒の大半は、紫外線と可視光線でしか太陽スペクトルを利用できていなかったとのことで、近赤外線は膨大な未利用エネルギー源とされていた。

広範囲駆動型の水素生産を実現するためには、近赤外線に応答する光触媒を開発することが重要だとされる。従来の近赤外線に応答する光触媒は、鉛や水銀カルコゲナイドなどを用いた特定のナローバンドギャップ半導体に限定されており、高い毒性や劣化のしやすさ、バンドギャップの狭まりによる酸化還元力の低下といった大きな課題は、ソーラー水素生産における実用化の妨げとなっていたという。一方で自己ドープ半導体は、ナローバンドギャップ半導体と比較すると調整しやすいプラズモニック特性を持っており、ソーラー水素生産向けの有望な材料として期待できるという。自己ドープ半導体は、局所表面プラズモン共鳴応答(LSPR)の動的制御が可能であり、LSPR波長の拡張度が大きいという特徴を有する。

銅と硫黄からなる「Cu2-xS」で実現可能なLSPR波長は700~2000nmを超える範囲にわたっており、近赤外スペクトルの大半をカバーできる。Cu2-xSは、その中間バンドギャップと共に、可視光~近赤外線照射に対して反応し、全太陽放射の90%以上を利用することが可能。そこで研究チームは今回、どちらも局所表面プラズモン共鳴を示す金(Au)ヨークナノ構造と、Cu7S4シェルナノ構造を組み合わせた、可視光~近赤外線領域までの光子を収穫できるAu@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を合成することにしたという。

  • Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造の特徴

    Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造の特徴。(a)1-Au@Cu7S4、(b)3-Au@Cu7S4、(c)5-Au@Cu7S4、(d)純粋なCu7S4、(e)純粋なAu、(f)Au+Cu7S4のTEM画像。(g)5-Au@Cu7S4のHRTEM画像。(h)TEM画像と対応する(i)SAEDパターン。(j)TEM-EDSマッピングプロファイル。(出所:東工大プレスリリースPDF)

ヨーク-シェルナノ構造は、光触媒反応に適した、多くの魅力的な物質特性を持つ。卵黄(ヨーク)粒子は殻(シェル)に封入されており、反応過程中の凝集や剥離を防ぎ、優れた長期安定性を有する。この中空の殻には内部と外部の両方の表面があるため、豊富な活性部位をもたらすという。透過性のある殻は反応物質の拡散を可能にし、殻内の空間は反応物と生成物の相互作用を促進する頑丈なナノリアクターとして機能することが可能。それと同時に、移動可能な卵黄粒子は反応溶液をかき混ぜて均質な環境を作り出し、反応速度を増加させる物質輸送のための分子運動を加速するという特徴がある。

研究チームでは、ヨークとシェルの空隙サイズが水素生成速度に影響する重要なパラメータと考察したとする。そこで今回の研究では、3パターンのAu@Cu7S4ヨーク-シェル型ナノ構造体として、1-Au@Cu7S4、3-Au@Cu7S4、5-Au@Cu7S4(以下、「5」と省略)が作製され、空隙サイズが調べられた。すると、それぞれ65.7±5.6nm、40.0±4.6nm、26.5±3.0nmだった。また、ベクトル式電荷移動メカニズムの提案とその検証も行われた。ヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴との組み合わせにより、「5」は追加の共触媒を必要としない条件で、励起波長500nmで9.4%、2200nmで7.3%という最高量子収率(AQY)を示したという。

さらに今回は、Au@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造を二重プラズモニック光触媒に応用し、顕著なソーラー水素製造に利用できることが示された。Au@Cu7S4の優越性は、可視光および近赤外線励起の両方に長寿命の電荷分離状態が広く存在し、かつヨーク-シェルナノ構造の有利な特徴が見られることにあるとする。今回の研究では、太陽スペクトル全体およびそれ以上の光子を収穫できる効率的な二重プラズモニック光触媒パラダイムが実現された。

  • ソーラー水素生産の活性

    (a)ソーラー水素生産の活性。6つの関連サンプルでの水素生産活性の比較。(b)純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4で測定された異なる入射波長での量子収率値。(c)追加の可視光照射有無での純粋なCu7S4と5-Au@Cu7S4での水素生産活性。(d)5-Au@Cu7S4を30時間連続してソーラー水素製造に使用した場合の水素生産活性。(出所:東工大プレスリリースPDF)

光触媒として機能するAu@Cu7S4ヨーク-シェルナノ構造は、水素製造、環境浄化、CO2還元などへの応用が見込まれている。今後は、さらなる研究と開発によって効率的な触媒システムとしての実用化が期待されるとした。