物質・材料研究機構(NIMS)と筑波大学の両者は3月6日、電子顕微鏡観察から得られる「ネオジム磁石」(Nd-Fe-B)の微細組織を有限要素モデルに取り込み、外部磁界の影響で磁石が減磁する過程を数値シミュレーションで再現することに成功し、ネオジム磁石の保磁力を向上させるなどでデジタルツインとして活用できるレベルであることを共同で発表した。
同成果は、NIMS 若手国際研究センターのAnton Bolyachkin ICYSリサーチフェロー、NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センター グリーン磁性材料グループのHossein Sepehri-Aminグループリーダー(筑波大 数理物質系 連携大学院准教授兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系のロボット工学とオートメーションに関する全般を扱う学術誌「npj Computational Materials」に掲載された。
高性能永久磁石は、産業用モーターや発電機のエネルギーの高効率化に必須の材料で、現在の主流はネオジム磁石であるが、開発から35年以上が経ち、同磁石の「最大エネルギー積」はほぼ理論限界に達しているという。その一方で、同磁石の「保磁力」(外部磁場に対する抵抗力を表し、耐熱性を表す指標)は、そのポテンシャルの20~25%に過ぎないとする。
高い保磁力を得るためには、「Nd2Fe14B」結晶のc軸配向性を改善し、その組織を薄い非磁性粒界相によって互いに隔離させる必要がある。微細組織と磁気特性の関係を明らかにする「マイクロマグネティックシミュレーション」がよく用いられているが、従来の単純化したモデルでは、実際の磁石特性から大きくかけ離れた計算結果となり、実用的な磁石特性の予測に至っていなかったという。そこで研究チームは今回、集束イオインビーム(FIB)-走査電子顕微鏡(SEM)で観察・計測した3次元データに基づき、多結晶材料の現実的な大規模有限要素モデルを構築する新しいアプローチを提案することにしたとする。
今回のアプローチは、超微細結晶粒組織を持つ「Nd13.4Fe76.3Co4.5Ga0.5B5.3」組成の熱間加工磁石に適用された。モデルの開発は複数のステップから構成されている。まず、FIBで磁石表面を20nmステップで研磨しながら撮影した一連のSEM像データが取得され、その画像にノイズ除去、ドリフト補正、2次元セグメンテーションなどの処理が施され、各粒子を一連の2次元画像で表現し、それらの重ね合わせで3次元の有限要素モデルが構築された。
この際、SEM像では分解できない薄い磁性粒界相の再構成が課題だったという。その相の典型的な厚さは2~4nmで、永久磁石の保磁力に大きな影響を与える重要な微細組織の特徴とした。その粒界相を処理するために、粒に対するトリミング、押し出し、そしていくつかのブール演算を使用するアルゴリズムが開発された。それにより、粒界相を個々の領域に分割し、保磁力に大きな影響を与える粒界三重点を導入することにも成功したという。最後に、このようなモデルを四面体要素の高品質メッシュで離散化するため、小さな曲線や小さくて狭い表面を排除するという形状の補正が実施された。
開発された熱間加工ネオジム磁石のFIB-SEMトモグラフィーに基づくモデルを用いて、マイクロマグネティックシミュレーションが行われた。特に、粒界相と粒界三重点の磁化を変化させ、それによる減磁曲線の変化が系統的にシミュレーションされた。その結果、粒界相の磁化が0.8Tの強磁性で、薄い粒界三重点の一部が弱磁性であると仮定した場合、シミュレーション結果は実験によく一致することが見出されたという。実際、粒界三重点の磁性は、実験的に予測された値によく一致していたとした。
さらに、粒界相と粒界三重点の磁気特性を調整したトモグラフィーに基づくモデルは、熱間加工Nd-Fe-B磁石における減磁過程で反転磁区の発生と結晶粒界におけるピン止めを可視化することもできたとする。同手法によって、実際の現象と微細組織の特徴とを関連づけることが可能となり、極限の磁石特性を達成するために必要な微細組織因子を示せるようになったとした。
今回開発されたデジタルツインにより、保磁力が微細組織でどのように変化するのかを精度良くシミュレートすることが可能となった。これなら、高い保磁力を目指してネオジム磁石の微細組織をどのように最適化すれば良いのかという指針を示してくれるとする。さらにこのデジタルツインは、応用に応じて必要とされる特性を実現するための合金組成や微細組織を予測できるインバースデザインにも利用可能とした。