米国が、月面に足跡を最後に刻んだのは、1972年のアポロ計画最後のミッション「アポロ17」だった。以来、米国は月面に人間はおろか、無人の探査機すら送り込むことはなかった。

それから約半世紀、米国はついに月面に帰還した。だが、その内容も陣容も意義も、かつてとは大きく異なっていた。成し遂げたのは「イントゥイティブ・マシーンズ」というベンチャー企業であり、アポロでは主役だった米国航空宇宙局(NASA)が今回は”顧客”となり、そして人類が月へ帰還するための前哨戦となるものだったのである。

  • イントゥイティブ・マシーンズが開発した月着陸機「オデュッセウス」

    イントゥイティブ・マシーンズが開発した月着陸機「オデュッセウス」 (C) Intuitive Machines

イントゥイティブ・マシーンズの「オデュッセウス」

イントゥイティブ・マシーンズ(Intuitive Machines)は、米国テキサス州ヒューストンに拠点を構える宇宙企業で、NASAのエンジニアだったスティーヴン・アルテマス氏や起業家のカム・ガファリアン氏らによって2013年に設立された。

同社は、月面や月周回軌道への物資や機器の輸送、月周辺や地球と月間の通信をはじめとする、月ビジネスを進めている。

NASAはかねてより、欧州や日本など国際共同で有人月探査計画「アルテミス」を進めており、その一環として2018年に「商業月ペイロード・サービシズ(CLPS)」プログラムを立ち上げた。これは、月を民間企業に開放するという方針のもと、月探査機や月着陸機の開発や運用、月資源の探索、その資源の開拓や利用などを、民間企業に担わせることを目的としたもので、民間の宇宙ビジネスの振興だけでなく、NASAはサービスを購入する顧客に徹し、浮いたリソースを有人火星探査などに向けた研究・開発に注力できるという狙いがある。

イントゥイティブ・マシーンズは、こうしたNASAの方針に応えた一社だった。

その同社が開発した最初の月着陸機が「ノヴァC (Nova-C)」級である。ノヴァCは高さ4.3m、直径1.5mで、ちょうどミニバンを縦にしたくらいの大きさである。底部には直径4.6mの6本脚の着陸装置を装備している。打ち上げ時の質量は1931kgで、その3分の2ほどは推進剤で占められている。

電力は太陽電池でまかない、月の夜を越える機能はない。

ノヴァCの最大の特徴がエンジンで、推進剤に液化メタンと液体酸素を使う。これまで月面に着陸した探査機はすべてヒドラジンを使っていたが、確実に着火できる利点がある一方で、毒性があり、性能もやや低いという欠点があった。一方、メタンは地上での取り扱いがしやすく、安全性も高く、そしてなにより性能が高いことから、次世代のロケット燃料として注目されている。月着陸機への採用はノヴァCが史上初めてである。

  • 打ち上げを待つオデュッセウス

    打ち上げを待つオデュッセウス (C) SpaceX

今回のミッションは、「IM-1」、もしくは「TO2-IM」と呼ばれており、またこのミッションで使われるノヴァCの1号機には「オデュッセウス(Odysseus)」という愛称が与えられた。

IM-1では、CLPSの契約に基づき、6つのNASAのペイロードが搭載された。契約額は1億1800万ドルに上る。

ROLSES

月面近傍の低周波電波観測を目的とした機器で、月面の電子プラズマ環境を測定するほか、月面から太陽・惑星電波源の観測、月面近傍の帯電ダスト(塵)の検出を目指している。

月には地球のような磁場がないため、太陽風、銀河宇宙線、太陽フレアからの荷電粒子が月面まで到達し、それによって塵が浮遊することがある。プラズマ環境を測定することで、月面を歩く宇宙飛行士の健康管理や、着用する宇宙服、探査機や機器の設計などに役立つと期待されている。また、太陽、惑星、銀河からの電波放射、さらには地球の電波ノイズの測定は、将来月に電波天文台を設置する際に役立つデータとなる

LRA

8つの約1.3cmの反射板からなる機器で、月を周回する探査機から発信されたレーザー光を反射することで、月面上の自身の位置を正確に決定するために使われる。また、今後月へ送られる他の着陸機にもLRAを搭載することで、それぞれが基準点として機能し、月着陸船が自律的かつ安全に、正確に着陸することを可能にできると期待されている

NDL

レーザーを使用したLIDARで、降下時に正確な速度と距離のデータを提供する。なお、NDLは実験装置であるため、着陸機のシステムから独立してデータを収集するようになっており、今回のオデュッセウスの着陸には別に装備したLIDARを使う(――予定だったが、後述のとおり予想外の働きをみせることになる)

SCALPSS

月面を撮影するステレオカメラで、オデュッセウスが着陸する際のエンジンの噴射ガスが、月面に当たったときからエンジンが止まるまでの間、動画と静止画を撮影し、月の土がどれくらい舞い上がるかなどの研究に役立てる

LN-1

将来の着陸機や探査車、軌道上での自律航法技術を実証する

RFMG

推進剤タンク内に設置される機器で、低電力RF信号を使用して、液面や液体構成を監視する

また、NASA以外の研究機関や企業などからもペイロードの輸送を受託している。

コロンビアのオムニヒートインフィニティ

アウトドア登山用品のコロンビアとのコラボレーションで、同社製のジャケットにも使われているオムニヒートインフィニティという耐熱素材を推進剤タンクに取り付け、保温に使用している

イーグルカム(EAGLECAM)

エンブリー・リドル航空大学の宇宙技術研究所が開発したカメラで、オデュッセウスが降下する際、高度約30mで分離され、オデュッセウスが着陸する様子を外から撮影することを目指している

ILO-X

国際月面天文台協会(ILOA)が計画している月面天文台のための試験機器で、月の表面から天の川銀河の中心を初めて撮影することを目的としている

ジェフ・クーンズ氏の『MOON PHASES』

芸術家ジェフ・クーンズ氏による、史上初となる月面アート作品

ギャラクティック・レガシー・ラボ

エッチングされた金属製の記憶装置で、探査機「ボイジャー」のゴールデン・レコードのように、地球に関する情報が記録されている