Cerenceは2月22日、都内でメディア説明会を開催し、同社の最高経営責任者(CEO)兼取締役のステファン・オルトマン氏が、同社を取り巻く現状と今後の方向性などについて説明を行った。

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    全社の状況説明を行ったステファン・オルトマンCEO(右)と日本の状況説明を行ったCerence Japanの松尾大樹氏(左)

自動車向け音声アシスタントソリューションを提供してきた同社だが、生成AIが登場して以降のこの2年間で「コンポーネントサプライヤから、いわゆる業界のイノベーションをクルマに提供するというポジションに変化してきた」(オルトマンCEO)と、その役割に変化が起きてきたという。

そうしたこともあり、現在までに同社は80を超すグローバルOEMやティア1に車載AIソリューションを提供するまでに成長し、その搭載車両も累計で4億7500万台以上に達するという。

また、80を超すグローバルOEM/ティア1との取り引きということもあり、同じ米国系のフォードなどのほか、日本のトヨタ自動車、本田技研工業(ホンダ)、スズキといった大手OEM各社や、テスラやNIOといった新興の電気自動車メーカーまで幅広いパートナーシップが構築されている。また、最近はInfineon Technologiesなどの半導体メーカーやマイクロソフトなどのIT企業との協業も生成AIニーズを背景に進んでいるという。

最終目標は没入型のコンパニオンエクスペリエンスの提供

オルトマンCEOは、「最終的な目標としては、没入型のコンパニオンエクスペリエンスを実現したい」とする。これは、人間と対話をするような自然な会話をクルマと行うことを可能としようというもので、OEMが有するデータを活用した学習などを活用することで、従来以上の快適さを車内体験として提供していくことなどが考えられている。

  • Cerenceの最終目標となる没入型のコンパニオンエクスペリエンスのイメージ

    Cerenceの最終目標となる没入型のコンパニオンエクスペリエンスのイメージ (資料提供:Cerence、以下すべて同様)

「重要なのは新たなAIエージェントを作っていくこと。そのためには大規模マルチモーダルモデルが新たなコンピューティングエンジン(AIエージェント)となり、個人の好みに基づいたタスクを完了するために、複数のアプリに横断して動作するという形になっていくと思っている。その実現のためにCerenceは活動している。現在は車内の体験にフォーカスしているが、今後はその他の体験にも関わっていくことになる」(同)と、生成AIの進化に基づき、さまざまな車室内体験がこれまで以上になるとの見方を示す。

独自のクルマ専用LLMを提供

こうした取り組みを実現することを目指して開発されたのが、独自の自動車向け大規模言語モデル「CaLLM(Cerence Automotive Large Language Model)」となる。これはNVIDIA DRIVEプラットフォーム上で動作する次世代車載コンピューティングプラットフォームで、自動車向けに特化した600億以上のトークンに基づくデータセットを活用することで、OEMなどが有するトークンも含めた学習や、ChatGPTとの連携も可能。例えばCES 2024でフォルクスワーゲンが披露した車載AIアシスタント「IDA」はCaLLMを活用した「Cerence Chat Pro」をベースとしており、行き先を音声で支持して選択することはもちろん、「子供がお腹を空かせているから、カップケーキ屋がどこにあるか教えて」といった複雑な質問や、フォルクスワーゲンの有するデータも統合しているため、「世界一のクルマはなに?」と聞いた際には「フォルクスワーゲンのクルマ」といった、忖度めいた回答なども可能(実際にはフォルクスワーゲンの情報が一番多いこととなり、重みとしてそれが選ばれた形)となっている。フォルクスワーゲンとは今回の取り組み以前から連携が進められてきたというが、コンセプト段階からソリューションとしての形になるまで3か月ほどで実現できるなど、開発容易性があることも示されたとしている。

  • 車内のUXを次のステップに引き上げるために必要な要素

    車内のUXを次のステップに引き上げるために必要な要素

  • フォルクスワーゲンとの協業概要

    フォルクスワーゲンとの今回の協業概要

また、CES 2024ではSmart Eyeと共同開発した感情を認識する新しい車載アシスタントも披露している。これは、Smart Eyeのドライバーモニタリングシステム(DMS)ソフトウェアと車載アシスタント「Cerence Assistant」を統合したマルチモーダルシステムで、バックミラーのカメラを活用してドライバーの表情や視線を分析し、ドライバーの見ている方向や発話中かどうかなどを含め、反応や感情を判断することで、より自然な人間と音声アシスタントのやり取りを可能とするものとなっている。 このほか、CES 2024ではLLMと情報検索機能を統合した「Car Knowledge」やCerence AssistantにNLU(Natural Language Understanding) Plusと呼ぶ機能を追加した「Cerence Assistant with NLU Plus」なども発表している。Car Knoeledgeは対話型インタフェースを活用して、オーナーズマニュアルなどの自動車関連情報を簡単に引き出すことを可能とするもの、一方のCerence Assistant with NLU PlusはMicrosoft Azureとの連携による生成AI機能で、車載OSやハードウェアに依存せずにChatGPTなどを活用して、ユーザーが示唆する要求を実行可能なコマンドに変換することを可能としたソリューション。例えば「サンフランシスコ空港まで最速で到着できるルートを教えて」といった質問や、「自分が好きな音楽をApple Musicでかけて、さらにアンビエントライトを黄色に照らして」といった複数の異なる指示にも応えることができるようになるという。

  • 「Cerence Assistant with NLU Plus」

    「Cerence Assistant with NLU Plus」の概要

自動車以外の分野に音声アシスタントを提供へ

Cerenceによると、すでにこれらのソリューションは複数のOEMメーカーが開発検討を進めているという。

  • 生成AIベースソリューション各種に対するOEMの反応状況

    Cerenceの生成AIベースソリューション各種に対するOEMの反応状況

また、Cerenceはこうしたユーザー体験を自動車の外にも持ち出そうとしている。もともと同社は音声認識・音声入力ソフト「ドラゴンスピーチ」などでも知られていたNuance Communicationsのオートモーティブ部門が、、2019年10月1日付けで分社・独立して誕生した経緯もあり、自動車以外の分野は契約に基づき、Nuanceと直接競合する分野に進出することができなかった(Nuanceそのものは2022年にマイクロソフトが買収)。

この制限は2024年10月1日をもって解除されるとのことで、現在、水面下でいろいろな分野での音声アシスタントの提供に向けた動きを進めており、「モトローラとは音声ソリューションでの協業を進めている」(同)とするほか、医療機器分野などでも動きを進めており、「Car KnowledgeをDevice Knowledgeに進化させていく方向性なども想定している」(同)とのことで、日本のメーカーともディスカッションを進めているとしている。

日本市場向けに掲げる4つの戦略

有力な自動車メーカーが複数本社を構える日本市場は同社にとっても重要市場となる。

そのため「CES 2024でフォルクスワーゲンによる具体的な例を示せたのは、日本のOEM各社に対しても大きなメッセージとなっており、すでに複数のOEMと話し合いを進めている」(日本法人Cerence Japanのリージョナル・バイスプレジデントの松尾大樹氏)とのことで、今後もそうしたサクセスストーリーを広く提供していくことで、事業の拡大を目指すという。

その具体的な方策としては「戦略・ロードマップのアラインメント」「カスタマイズの提供」「ローカライゼーション」「継続的投資」の4つがポイントになるとの見方を示す。戦略・ロードマップのアラインメントとしては、各OEMごとに、どのような形でLLMを活用して、何をやりたいのか、という考えが異なっていることから、それぞれの思惑を理解して、その実現を支援していく体制構築を進めるとする。

  • 日本市場に向けた戦略概要

    日本市場に向けた戦略概要

また、カスタマイズの提供も顧客のやりたいことに沿うための取り組みで「小回りの利くサポートを重視し、顧客のブランドを尊重しながら、ものづくりを進めていく」とするほか、ローカライゼーションについても、積極的に日本語化を進めていくことが、日本のOEMのサポートとして重要となるとの認識を示す。

そして継続的投資としては、日本語の音声認識、NLU、合成などの音声関連の基礎技術に関しての投資を継続的に行っていくことによる性能の改善・改良の推進を図るとしている。「音声対話機能のベース部分でもあるので、日本語での改善、改良を進めていく」と、日本の重要性を踏まえた取り組みを進めていくことで、次世代の音声対話ソリューションを日本の顧客に提供していくとしており、「Cerenceについてソフトウェアのプロバイダではなく、イノベーションパートナーであることを日本の顧客に理解してもらえるような取り組みを推進していきたい」としていた。