東京工業大学(東工大)、大阪大学(阪大)、筑波大学の3者は2月9日、固体状の二次元物質「ホウ化水素(HB)シート」から、常温・常圧において電気エネルギーのみで水素を放出できることを見出したと共同で発表した。

同成果は、東工大 物質理工学院 材料系の河村哲志大学院生、同・山口晃助教、同・宮内雅浩教授、阪大大学院 工学研究科の濱田幾太郎准教授、筑波大 数理物質系の近藤剛弘教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ナノ/マイクロスケールの科学に関する学際的な分野を扱う学術誌「Small」に掲載された。

水素社会を構築するには、常温・常圧では気体である水素の貯蔵・運搬をしやすくし、なおかつ少ないエネルギーで水素を取り出せる水素キャリアが必要だとされ、現在、アンモニア・ギ酸・有機ハイドライドなどの液体系キャリア、水素吸蔵合金などの固体系キャリアの研究開発が進められているが、どれも一長一短がある状況である。

そうした中、筑波大の近藤教授の研究チームが8.5wt%と高い水素貯蔵密度を持ち、貯蔵や運搬もしやすいHBシートの合成に成功。しかし、化石燃料を使用せず、なおかつ高効率で水素を取り出せる手段がない点が課題だったとし、今回の研究では、その課題を克服することを目指すことにしたという。

HBシートは、正に帯電した水素と負に帯電したホウ素から成る点を踏まえて第一原理計算を行った結果、同シートにおける水素の「反結合性軌道」に外部電極から電子を注入することで、水素を放出できることが予想されたという。

  • ホウ化水素シートの走査型電子顕微鏡画像

    (a)ホウ化水素シートの走査型電子顕微鏡画像。(b)陰極(cathode)への電位の印加によってホウ化水素シート(HB sheets)の分散体から水素分子(H2)が放出される様子が示された模式図(出所:東工大プレスリリースPDF)

次に、イオン交換法で合成されたHBシートの粉末が「アセトニトリル溶媒」に分散させられた。さらに、電解質も溶解させられた後に、カーボン製の作用極と対極、および銀(Ag)/Ag+からなる参照極が挿入され、電気化学的な水素生成に関する特性の評価が行われた。すると、電位を印加しない自然電位の条件では水素生成は認められなかったが、電位を負に印加したところHBシート分散体から水素が生成したことが確認された。

  • 電位を印加した場合の水素生成量

    (a)電位(-1.0 V vs. Ag/Ag+)を印加した場合の水素生成量。(b)各電位における電流密度と水素生成速度(出所:東工大プレスリリースPDF)

HBシート分散体においては、水素生成速度と電流密度が同様の傾向が示されたことから、電流密度の増加は水素生成由来と理解できるという。この時の水素生成のファラデー効率は90%以上の高い値が示され、作用極からHBシートに電子注入することで水素が生成していることが示唆されたとする。また、作用極に-1.0V(対Ag/Ag+電極)の電位を48時間印加することで、HBシート自身が持っている水素量をほぼ全量放出できることも確認された。

観測された水素分子が、HBシート自身に含まれる水素原子由来であることを確認するため、同位体を用いた追跡実験として、同シートの水素原子を重水素原子に置換した試料を用いて同様の電気化学反応が行われ、質量分析を用いて生成するガスの解析が行われた。その結果、質量数が3や4の重水素分子が生成することが確認されたという。つまり、外部電極からHBシートに電子が注入される機構で水素が放出されることが明らかになったとした。

  • 各種水素源の水素生成速度とオンセット電位

    各種水素源の水素生成速度(at -1.0 V vs. Ag/Ag+)とオンセット電位(at -0.01 mA/cm2)(出所:東工大プレスリリースPDF)

次に、HBシートから水素を放出させるために必要な電気エネルギーについて、ほかの水素源である水やギ酸と同一の電気化学反応条件での比較が行われた。その結果、同シートは同じ電位の条件でも水分子やギ酸より水素生成速度が速く、オンセット電位も低かったとする。つまり、同シートはギ酸などのほかの水素キャリアと比べ、より大量の水素を低エネルギーで放出することが示されたという。

水素生成特性は、溶媒中の水素イオン濃度と関連すると考えられたが、HBシートの酸解離定数は3.5±0.2であって、3.25のギ酸とほぼ同等の値だった。これらの結果から、同シートの優れた水素放出性能は単純に溶液中の水素イオン濃度では説明できず、その特異な二次元構造が水素生成に有利だったことが示唆されているとした。

さらに、水素放出後のHBシートの構造解析も行われると、二次元のナノシート状の形状は維持され、負に帯電したホウ素種も確認できたという。これらの結果は、水素放出後のHBシートに水素イオン源を添加することで、持続的に水素が生成する可能性を示唆しているとした。

今回はHBシートの分散体に対しての評価が行われたが、今回の研究成果は分散体のシステムに限定されるものではなく、膜構造体や基板への担持体などにも適用できる汎用的な技術と成り得るという。研究チームは今後、HBシートの大量合成、製造プロセスの低コスト化、膜構造体の開発を進め、さらに、繰り返し使用可能な持続的水素生成システムの構築に向けた研究開発を行う予定としている。