日本病院会会長(相澤病院最高経営責任者)相澤孝夫「危機時には司令塔をつくり、情報を共有することが大事」

「医療制度を含め、この国の方向を決めていくためにどうしたらいいのかを考え直すときにきている」─。日本病院会会長で長野県松本市にある相澤病院の最高経営責任者・相澤孝夫氏の指摘。コロナ禍が落ち着き、当時の危機時が国民の間から忘れ去られようとしている。相澤氏はパンデミック(世界的大流行)のような危機時には司令塔を設置し、皆がその方針に沿って行動することが求められると提言。日本の医療制度や仕組み自体の変革を訴える。

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当時の危機感を忘れている

 ─ 全国2500を超える日本の病院の全ての経営主体を取りまとめる日本病院会の会長として、コロナ禍の約4年をどう総括しますか。

 相澤 医療に関して言えば、これまで解決していなかった日本の様々な問題点が表面に炙り出されました。国民の皆さんも医療界も政府も含めて、これらを何とか解決しなければいけないという危機感を共有するところまではいきました。

 しかし、日本人は「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という民族。そのときの危機感を忘れつつあります。

 このまま放置しておけば、また何かをきっかけにして大きな問題が生ずるのではないかと危惧しています。コロナウイルスは完全に世の中から消滅しているわけではありませんし、次から次へと新しいウイルスが出て来る可能性もありますからね。

 ─ 医療の在り方として国と国の連携も指摘されました。

 相澤 そうですね。地球全体でどうするのか。アジア地域全体でどうするのか。あるいは各国でどうするのか。そういった広い視野で物事を考えていかなければなりません。今後、国境をまたいで人や動物はどんどん各国を行き来しますからね。

 そのためには情報の共有が欠かせません。新しいウイルスらしきものが出てきたら、すぐに諸外国にも連絡し、そこで治療した結果や患者さんの状況などについても皆で情報を共有する。ウイルスらしきものがどのような性質を持っており、治療経過はどのようなものであったのか。それが一番大事ではないかと思いますが、まだまだ国際的な情報の共有はなされていません。

 ─ 道半ばですね。

 相澤 日本でもそうですが、専門家は様々な意見を持っており、どうしても皆さんの意見は少しずつ違ってしまいます。それは他国でも同じなのでしょうけれども、日本は国としてどう考えて、どんな行動をするのかという決断が弱かったように思います。それは誰かが決めなければならないのです。

危機時に方針を決断する司令塔

 ─ 決めるのは政治家ですか、行政ですか。

 相澤 誰がやっても良いと思いますが、そういった司令塔がなかったことが課題です。その意味では、誰がやるかということよりも、司令塔をつくり、その司令塔が提言したことは国民皆で守っていく。本来であれば、そういったことをしなければならなかったのですが、それぞれの専門家が言いたいことを言ってしまったために、国民も何が本当なのかが判らなくなってしまったように思います。

 司令塔を設置し、その司令塔が得た情報を国民が知ること自体は拒否すべきではなく、皆が同じ情報を共有した方が良いということです。その際に専門家からいろいろ意見を聞いた結果、こういった方針で取り組みますと宣言すると。「ここが一番大事なところになりますので、これは是非しっかりと守って欲しい」と情報を発信するのです。

 例えばワクチンにしても、どう打ったらいいのか。そういうことも司令塔が決めていくべきでしょう。総理大臣が責任を持ってそれをやるということであれば、それでも結構ですし、危機時だけ臨時の組織を設けても良いでしょう。平時からそういう部署をしっかりと作っておくことが大切なことなのです。

 ─ まさに危機管理につながる話ですね。

 相澤 はい。そのことに関しては、その組織なり責任者が全てを判断し、国民もその組織や責任者が決めた方針に沿っていくことが極めて大事です。有事というのは、どう考えても統率が必要なのです。それがなければうまくいくはずがありません。残念ながらコロナ禍では、この国にはその機能がなかった。

 ─ それを踏まえて政府も「内閣感染症危機管理統括庁」を設置しました。

 相澤 この流れは評価できると思いますが、この組織がどのような権限を持って、有事にどんなことを決めるのかといった詳細までは、まだ明確ではないような気がします。単なる政府の一部門であれば、それなりの権限しかありません。そのときは、最終判断は誰がするのかという点も気になるところです。

 ただ、専門家ではない人が判断するよりは、ある程度、専門知識を持っている人がきちんと判断した方が良いと思いますね。一番危険なのは、皆が責任を取らずに勝手な思い込みなどで行動することです。パンデミックは完全に有事です。そのときは誰かがトップに立って統括しなければならないのです。

 それでその判断が間違っていたら、その人が「私が間違っていました」と言って方針を改めれば良いのです。結局、責任が明確になっていないからコロナ禍でも誰が責任を取ったのか、全く明確でないままにズルズルときてしまったわけですからね。

 ─ 約100年前、内務大臣兼帝都復興院総裁を務めた後藤新平の例が過去にありました。1894年に起きた日清戦争が終結し、コレラやチフスが大流行していた中国大陸からの帰還兵約23万人を検疫する難題に直面しましたが、彼は広島県など3カ所に大規模検疫所を短期間で建設し、感染者を隔離して国内への拡大を未然に防いだことがありましたね。

 相澤 ええ。しかし戦後、日本は自由や民主主義という響きの良い言葉に踊らされ、自由と民主主義の裏側にある一番大切なものを忘れてしまったような気がします。それは戦時中の反省もあって、そうなってしまったのだろうと思いますが、特に平時は皆で意見を自由に交わすことができるわけですが、有事のときの危機管理までは議論できずにいたわけです。それでは国が持たないことが判ったと。

病院と診療所の役割は違う

 ─ 国家的な課題解決に向けて、どう行動していくかという基本軸が政治や行政、社会の各領域で定まっていないと。

 相澤 その通りです。自由と言う名の隠れ蓑を作ってしまったのです。自由の裏側には責任と規律が必要です。そこを大きく取り違えてしまった。そう考えると、本当に議会制民主主義を敷き、議会で首相を選ぶことが本当に良いことなのか。それとも大統領制のような仕組みで国民全員が投票して、私たちのトップはこの人なので、その人の言うことに従うとするのか。

 そういうことを含めた、この国の方向を決めていくためにどうしたらいいのかを考え直すときにきています。ですから、仕組みなどを考え直すのは大きな課題だと思います。この国のカタチ、この国の在り様を見直さなければならない時期に来ています。この国はそういった点で、ちょっと変ではないかということのサインを出したのがコロナではないかと思っています。

 ─ そういう中で相澤さんが理事長を務める長野県の相澤病院は地域医療を守るための病院同士の連携を全国でもいち早く実現し、「松本モデル」とも呼ばれるようになりましたね。

 相澤 私が参考にしているのは明治維新です。その根源を調べると山口県の小さな松下村塾から起こりました。そういうところからきちんとした物事を正しく伝えて、正しく変えていくことをやっていけば、そのときの小さな成功が後の大きな成功や成果を生み出していくんだと私は信じています。

 確かに、これまでに作られてきた様々な仕組みや習慣を継続していくことが当たり前だと思っていた方が楽ですし、人と争わなくて済みます。その方が自分の身や地位の安全も守れるでしょう。しかし、それに終始してきた結果が今の日本の姿です。政治家も正しいことは国民に向けて厳しい内容でも理由をきちんと説明して納得してもらう努力をしなければなりません。

 ─ 日本病院会は病院が所属する組織ですが、病院のあるべき姿をどう考えますか。

 相澤 そもそも病院に対する人々の理解が足りておらず、一方で病院も人々に理解してもらう努力をしてきませんでした。病院は開業医の先生と違って、いろいろな職種の人々が専門的な能力を発揮する場所です。たくさんの職種の人が働くチームで医療をやっているのです。それは診療所と全く違います。

 これを「組織医療」「チーム医療」と言うのですが、チームで医療をやっていかないといけないのです。このチームをどうしていくかが重要な課題になります。ですから、病院という組織を動かしていくためには何が必要かを考えていかなければならないのですが、残念ながら自分の専門性を高めることに、各専門家は一生懸命なのです。

 病院という組織はそういう人たちがきちんと仕事をして、良い成果を出すという組織に変えていかなければなりません。病院は公的価格で動いています。この公的価格がきちんとチーム医療をやっていくというところに焦点を当てて設定をしてもらわないと、うまくいきません。

ムダやムラを減らす取り組みを

 ─ チーム医療を取り巻く環境がガラリと変わったと。

 相澤 そうです。今はチームという概念が病院の中だけではなく、一定程度の広さを持った地域全体で考えなくてはならなくなりました。地域内にある病院や診療所、あるいは介護サービス施設、行政などがチームとなって、その地域を守っていく仕組みが必要ですが、それができていないのが現状です。

 院内もチームで動き、地域でもチームを作ってチームで動くと。そういう意識改革や仕組みの改革をやっていかないと、大きなムダとムラが出てきてしまいます。働き手が減っていくという中では、そんなムダやムラを垂れ流しにするようなことは許されない時代になっていると思うのです。

 医療提供体制の改革は絶対必至です。それが少ない人数で効果的かつ効率的な医療を提供していくことにつながっていくと思います。それを皆さんに理解、納得してもらったり、そちらの方向に向かって動いていけるように我々、日本病院会が国や関係機関にも働きかけていくことが大切だと思っています。

 ─ 社会保障費は年々膨大し、日本の財政を圧迫しているとの指摘もありますからね。

 相澤 ええ。だからこそムダとムラをなくしていかなければなりません。高度成長期は各病院が自由に自分のやりたいことをやってきました。地域のチーム医療など考える必要もなかったのです。

 しかし、今はそういう時代ではありません。個々の病院や診療所、行政などが地域でどんな使命と役割を担うのかといったことまで考えていかないと、医療費の削減はできないのではないかと思います。

 何が問題で、その原因は何なのかをしっかり突き詰めて、単に表面に現れてきた事象にとらわれず、根本問題が何なのかをしっかり見定めて全体の仕組みを変えていくことが必要なのではないでしょうか。

(次回に続く)