東京大学(東大)は1月24日、スピネル化合物絶縁体「MnSc2S4」の反強磁性スキルミオン相(反強磁性スキルミオンが周期的に配列した構造が生じる物質層)における「マグノン熱ホール効果」の観測に成功し、その起源が「創発非可換SU(3)ゲージ場」と呼ばれる、これまで直接観測されたことのない「創発磁場」であることを明らかにしたと発表した。

同成果は、東大 物性研究所の武田晃助教、同・山下穣准教授、東大大学院総合文化研究科の川野雅敬氏(現・Technical University of Munich 研究員)、同・堀田知佐教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

電流に伴うジュール熱の発生は、デバイス設計における重大な解決課題とされており、その解決手法の1つとしてジュール熱の発生を伴わない絶縁体における磁気的なキャリアを使った情報伝達技術の研究が進められている。

一般に電気伝導における「ホール効果」は、電荷が磁場によって「ローレンツ力」(電磁場中を運動する荷電粒子が受ける力)を受け、軌道が曲がることで生じる。一方、絶縁体中を伝搬する主要なキャリアとして、電子スピンの量子的なゆらぎを表す仮想的な量子力学的粒子「マグノン」が知られている。マグノンは絶縁体中を伝搬でき、電子の代わりに熱やスピンを運ぶが、電荷を持たないため電子のような磁場によるローレンツ力を受けない。しかし磁性体中では、物質内のスピン間相互作用や磁気構造によって現れる、仮想的な磁場である創発磁場はマグノンの軌道を曲げて、熱伝導に熱ホール効果という現象をもたらすとされている。

創発磁場としてこれまで主に研究されてきたのは、複素数で記述される「U(1)ゲージ場」であり、2つの複素数は交換しても値が変わらないため「可換ゲージ場」とも呼ばれてきた。しかし、正方格子や三角格子などの辺共有の格子構造を持つ物質では、このような複素磁場は周期的に互い違いに並んだ場合しか生じえないため、これらが互いに打ち消しあって熱ホール効果が現れないと考えられてきたことから、従来のマグノン熱ホール効果の研究は、主にカゴメ格子やパイロクロア格子などの角共有の格子構造を持つ物質に限定されていたという。そこで研究チームは今回、マンガン(Mn)原子がダイヤモンド構造を形成するスピネル化合物絶縁体のMnSc2S4に着目して研究を行うことにしたとする。

MnSc2S4に磁場を加えると、低温でMn原子上の電子スピンにおいて磁気秩序状態の反強磁性スキルミオン相が生じる。この相では、ダイヤモンド格子内にある三角格子上のスピンが、3つの副格子を形成し、それぞれの副格子が大きな渦構造で表される強磁性スキルミオンを形成している。MnSc2S4の熱伝導度が測定されたところ、反強磁性スキルミオン相の現れる磁場領域において熱ホール伝導が観測されたという。また、通常の熱伝導度の測定や理論計算を行うことにより、観測された有限の熱ホール伝導度が磁気的なキャリアであるマグノンに由来することが判明したとする。

MnSc2S4は、従来のU(1)ゲージ場に基づく理論では熱ホール効果が現れないはずの三角格子構造を持つため、なぜ熱ホール伝導度が生じるのかを説明できないことから、今回の研究では、この物質の詳細を採り入れたモデル計算によって実際に熱ホール伝導が生じることを示すと同時に、場の理論を用いた解析が行われ、その発現機構の解明が進められた。

3つのスキルミオンはそれぞれU(1)ゲージ場を形成するが、これらが量子力学的に絡み合い、非可換性(順序を交換すると新しい寄与が生じる性質)を持つ創発SU(3)ゲージ場が出現するという。創発SU(3)ゲージ場は3×3の行列で表されることで非可換性を有しており、それによって創発SU(3)ゲージ場は打ち消し合うことのない一様な磁束が生成されることとなり、これが原因となって従来の創発U(1)ゲージ場では不可能だった三角格子などの辺共有構造を持つ物質にも、熱ホール効果をもたらすことが示されたという。

  • マグノン熱ホール効果の要因となるSU(3)磁束を持つ反強磁性スキルミオン

    マグノン熱ホール効果の要因となるSU(3)磁束を持つ反強磁性スキルミオン (出所:東大Webサイト)

  • MnSc2S4における反強磁性スキルミオン格子相

    MnSc2S4における反強磁性スキルミオン格子相。(a)MnSc2S4におけるMn2+イオンが作るダイヤモンド格子構造。青で塗られた面においてMn2+イオンが三角格子が形成される。(b)面の三角格子上で実現される反強磁性スキルミオン構造。3つのスキルミオン構造は、互いに異なった方向を向いた反強磁性秩序を形成している。(c)三角格子の3つの副格子のうちの1つで実現される強磁性スキルミオン構造 (出所:東大Webサイト)

なお、研究チームでは今回の研究成果について、熱ホール効果を示す物質群の探索の指針となり、磁気構造のトポロジー効果を用いた熱流の制御の実現にもつながることが期待されるとしている。

  • MnSc2S4における熱ホール伝導度と創発SU(3)ゲージ場

    MnSc2S4における熱ホール伝導度と創発SU(3)ゲージ場。(a)熱ホール伝導度の磁場依存性。反強磁性スキルミオン格子相が実現する磁場領域において、有限の熱ホール伝導度が観測される。(b)U(1)ゲージ場とSU(3)ゲージ場の違い。U(1)ゲージ場によって生じる仮想的な磁束は互い違いのパターンを形成し、系は熱ホール効果を禁止する対称性を有する。一方でSU(3)ゲージ場によって生じる仮想的な磁束は一様であり、そのような対称性を破るという (出所:東大Webサイト)