Wi-Fi活用による業務運営のDX化
同スタジアムでは、観客向け以外にも、別のSSIDで業務用のWi-Fiも整備されている。鹿島アントラーズFCでは、すべて業務をこのWi-Fiを介して行っている。業務用Wi-Fiは、同スタジアム以外のクラブハウスや鹿嶋市立カシマスポーツセンター、ノルテ(茨城県日立市)など、他の事業所でもWi-Fi環境を設定し直すことなく、そのまま利用できる。
オフィスでのWi-Fi利用により、メールを利用せず、Slackで社内のやり取りを行うことができる。社内ドキュメントもクラウド上で共有されておりペーパーレス化を図っている。コロナ禍でリモートワークが導入されても、業務に支障は出なかったという。
また、Wi-Fi活用による、DX化については、オフィスにとどまらない。
「いろいろなところにオフィスはありますが、どこに行っても会話ができ、スタジアム内の至るところで仕事ができます。時代の流れからそうなっていくことはわかっていたので、スタジアム運営においても入場券のチケットレス化や、電子決済を進めてきました。最初は、抵抗がありましたが、コロナ禍で非接触が当たり前になってきたので、受け入れられました」(鈴木氏)
チケットレスは、データ収集の点でも有用だという。
入場券は紙も併用しているが、数は圧倒的にQRコードによる電子チケットが多い。これによって、CRMを回すためのデータが得られ、顧客の動向がつかめるのだ。
「プロスポーツビジネスや音楽は、データビジネスです。この人はどこから来て、どういう行動をして、どこに帰るのか。そして、われわれのセグメントの中ではどういう人なのか。こういった分析は、プロスポーツでは、どこもやっていることです。これをやらないと成り立たない時代だと思います。そのために、通信インフラが必要になります」(鈴木氏)
また、同スタジアムでは、2020年に報道陣を対象に顔認証の実証実験を行ったほか、2021年には、NECの混雑度検知の技術を活用し、混雑度に応じて柔軟に価格設定を変更するダイナミックプライシングの実証実験を行うなど、さまざまなトライアルを行ってきた。
鈴木氏は、スタジアムはラボだと語る。
「アントラーズのパートナーは80社くらいあり、スタジアムはパートナーのためのラボだと思っています。パートナーさんがPRしたいもの、例えば快適なトイレだったり、託児所であったり、映像放送だったり、顔認証などです。スタジアムが地域にとってどうあるべきかといったら、少し先の未来を見せることです。キャッシュレスも、顔認証も、快適なWi-Fi環境もそうです。近い将来、世の中はこう変わるという姿の実験を行う場所だと思います。以前は、パートナーをスポンサーと呼んでいましたが、4、5年前に変えました。それで一気に協業が進み、パートナー同士の協業も進んでいます」(鈴木氏)
安全なスタジアム運営に向けWBGTセンサーを導入
そのほか、カシマスタジアムでは、熱中症対策としてWBGTセンサーを14カ所に導入している。暑さ指数(WBGT)は、Wet-Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)の略で、気温・湿度・輻射熱(ふくしゃねつ)をもとに算出される。
導入を行ったNTTBPの仕様では、危険度によってアラームを出せるようになっており、カシマスタジアムではこの情報を管理画面上で色分けして黄、赤で表示し、危険を知らせるようになっている。
「気温が低くても湿度が高いとWBGTの値が高くなってしまうので、熱中症対策として、スタジアムとしては非常に気を遣う情報となっています」(萩原氏)
鈴木氏は、WBGTの情報は、安全管理の面でも重要だと指摘した。
「予測できることが大事で、試合の運営では、試合の勝ち負け、気候、いろいろな外的要因によってお客さまの感情が変わってきます。それをどこまで予測できるのかというのは、入退場を含めた安全面でとても大事になります」(鈴木氏)
県の施設でありながら、指定管理者として民間の経営手法を導入
同スタジアムは県の所有だが、施設の管理運営は指定管理者として、2006年から鹿島アントラーズFCに委託されている(現在、4期目で令和14年3月までの契約)。
委託業務は、利用受付、案内および広報に関する業務、施設の利用の承認および利用料金の徴収等に関する業務、維持管理に関する業務、施設の利用を通じたスポーツの普及振興に関する業務だ。さらに同社では、スタジアムの稼働率の向上にも努めている。
「われわれはスタジアムに病院やフィットネスクラブを併設し、日常的に人が集まる仕組みを考えたり、投資をしたりしてきました。また、芝生が大事なので、独自で開発し、芝生を休ませるのではなく、悪くなったら張り替えるという発想で取り組んできました。このスタジアムの管理の方針は、柔軟にいろいろなことにチャレンジしていくことです」(鈴木氏)
同社では、五輪大会時にはターフ6面分の芝生を育成・準備していた。現在は1.5面分となっており、いつでも張り替えられる環境を整えているという。
技術はすぐにマネタイズできないが、チャレンジが大事
さまざまな新しい技術にチャレンジしているカシマスタジアムだが、技術がすぐにビジネスに結びつくわけではないと、鈴木氏は冷静に技術導入を判断している。
「夢はいっぱい広がっていますが、本当にビジネスにつながるかどうかは、どれだけ実証実験を繰り返すのか、どうやってマネタイズするのかにかかっていると思います。例えば、マルチアングル視聴というサービスはコストがかかります。それを実現するための費用を回収できるくらい、お客さまがそのサービスを買ってくれるのかというと、まだそこまでいっていません。ただ、5年先、10年先であれば回収できるかもしれません。技術で実現していることが現在、ビジネスにつながっていないかもしれませんが、取り組みを続けることが大事だと思います」(鈴木氏)