宇宙航空研究開発機構(JAXA)は12月12日、文部科学省(文科省)の宇宙開発利用部会にて、イプシロンSロケットの開発状況について報告した。同ロケットでは、第2段モーター「E-21」の地上燃焼試験中に、爆発するという事故が発生。10月末の前回の報告では、原因を2つまで絞り込んでいたが、今回、イグブースタの溶融によって起きたと特定された。

  • 7月14日に実施した地上燃焼試験で爆発事故が発生した

    7月14日に実施した地上燃焼試験で爆発事故が発生した

この事故は、7月14日、JAXAの能代ロケット実験場(秋田県能代市)で発生したもの。想定外の高温により、モーターケースの強度が低下し、爆発に至ったと考えられており、その原因としては、「輸送時の振動」または「イグブースタの溶融」により、推進剤かインシュレーション(断熱材)が損傷した可能性が高いことが分かっていた。

これまでの概要については、以下の過去記事を参照して欲しい。

参考:イプシロンSロケット第2段の爆発は後方側で発生、原因は2つに絞り込み

輸送時の損傷可能性を模擬試験で調査

第2段モーターを工場から能代まで輸送した際、設置した加速度センサーが、約20回の加速度応答(最大2G)を計測していた。この振動より、内部の推進剤とモーターケースが接触し、推進剤またはインシュレーションが損傷した可能性が考えられていたが、JAXAは今回、この状況を模擬した試験を実施した。

  • 第2段モーターの輸送時の状況。縦置きで搭載している

    第2段モーターの輸送時の状況。縦置きで搭載している (C)JAXA

この試験では、約8倍の荷重を1,000回かけ、推進剤を繰り返し変形させても、損傷や強度低下は見られなかった。また、約9倍の荷重でインシュレーションに100回衝撃を与えても、損傷や摩耗はなかったという。強度余裕は十分大きいという解析結果も出ており、これは要因から排除した。

  • 輸送時の振動を模擬し、試験を行った。原因ではないと結論付けた

    輸送時の振動を模擬し、試験を行った。原因ではないと結論付けた (C)JAXA

イグブースタの溶融可能性を調査

この結果、残ったのはイグブースタの溶融である。こちらについても、溶融物が推進剤やインシュレーションにどのような影響を与えるか、試験を行って確認した。

まず、溶融物を表面に落とし、挙動を確認。すると、推進剤でもインシュレーションでも、溶融物は水滴のように弾かれて表面に付着せず、横に移動していくことが分かった。この場合、短時間で通過するため、熱的な負荷は小さく、推進剤やインシュレーションが損傷することはない。

  • 推進剤やインシュレーションが斜面になっていると、滑って移動する

    推進剤やインシュレーションが斜面になっていると、滑って移動する (C)JAXA

しかし、溶融物の移動が止まった場合は、状況が異なる。インシュレーションの試験では、焼損して球状の穴が生じた。また、インシュレーションがあっても、その裏側の推進剤の温度は、発火温度を大きく超過することが分かった。つまり、溶融物が止まった場所で、推進剤が燃え出すということだ。

  • しかし移動が止まると、その場所で焼損が始まってしまう

    しかし移動が止まると、その場所で焼損が始まってしまう (C)JAXA

事故発生までの想定シナリオ

JAXAは、これが原因と特定。考えられるシナリオは、以下のようになる。

まず、イグブースタの先端が溶融し、イグナイタ(点火器)の外部に漏れ出す。それが燃焼ガスの流れに乗り、後方に飛散。もしノズルから外に排出していれば問題なかったが、モーターケースと推進剤の隙間に落ちて、止まった場所のインシュレーションが焼損して推進剤に着火。モーターケース側のインシュレーションも損傷し、破壊に至った。

  • 爆発に至ったシナリオ。後方には落ち込む隙間があった

    爆発に至ったシナリオ。後方には落ち込む隙間があった (C)JAXA

このシナリオの場合、モーターケースの下側から爆発することになるが、地上燃焼試験の実際の映像では、下側から発光していることが分かり、矛盾はない。回収したモータケースの破片を解析した結果も、下側からの破壊を裏付けているそうだ。

  • 実際の映像

    実際の映像。下側から発光していることが分かる (C)JAXA

対応策を検討も、課題は再試験実施場所の選定

原因が特定できたら、次は対策だ。今回は、イグブースタの溶融が発端であるため、この溶融を防ぐ、というのがその基本路線となる。溶けたのは外部からの入熱が想定より大きかったからと見られており、この対策として、新たにイグブースタの外側にインシュレーションを貼り付ける。重量はわずかに増えるが、点火性能に影響はないという。

この設計変更の妥当性を確認するため、準備ができ次第、検証試験を実施する。まずは単体試験として、イグブースタ燃焼試験、イグナイタ燃焼試験、イグブースタ温度データ取得試験を実施。その後、最終試験として、第2段モーターの再地上燃焼試験を行う。

この再地上燃焼試験が終われば、イプシロンSの主要な試験はすべて完了となるが、問題はどこで実施するかということだ。能代の設備は、今回の爆発事故によって大破しており、再建には時間がかかる。JAXAによれば、今のところ、第1候補としては、SRB-3の燃焼試験を行った種子島の設備が考えられているそうだ。

  • JAXA種子島宇宙センターの固体ロケット燃焼試験場

    JAXA種子島宇宙センターの固体ロケット燃焼試験場

打ち上げ時期はどうなる?

今回の爆発事故によって、イプシロンSの完成が遅れることは確実だが、打ち上げ時期について、井元隆行プロジェクトマネージャは「検討中」と述べるに留めた。今のところ「2024年度後半」から変更されてはいないが、これは延期せずに行ける見通しがあるというより、まだ判断するための根拠が揃っていない、ということだろう。

ところで、今回の報告で筆者が気になったのは、爆発の原因となったイグブースタの溶融が、イプシロンSの第3段モーターと、強化型イプシロンの第2段モーターでも、同じように地上燃焼試験で発生していた、という事実だ。イグブースタは本来、溶融しない設計だった。以前の試験で起きていたのなら、その時点で対策はできなかったのか。

井元プロマネによれば、強化型でも発生していたということは、今回の原因調査を進める中で明らかになったという。情報共有がうまくいっていなかったのか、それとも溶けても問題無いと判断されていたのか、そのあたりは不明だが、そういった背後要因は現在調査中で、「結果が出てから説明したい」とした。

イグブースタの溶融物がモーターケースの隙間に落ち込み、異常燃焼を引き起こすという今回の事象のメカニズムは、実際の飛行中には発生しにくい現象だろう。今回の爆発事故が無ければ、そのまま見逃されていた可能性が高いが、ただ運が悪いと打ち上げ失敗に繋がりかねない問題であり、やはり対策は必要だっただろう。

なぜイグブースターが溶けたのか?

そもそも、なぜイグブースタは溶けたのか。

固体ロケットの点火に使われるのがイグナイタだが、そのイグナイタに点火するための最初の火種となるのがイグブースタである。材質はステンレス系。このイグブースタ自体は、SRB-A/SRB-3などでも広く使われており、実績がある部品だ。

  • イグブースタはイグナイタの内部にある。それが欠損していた

    イグブースタはイグナイタの内部にある。それが欠損していた (C)JAXA

ただ、イグブースタは同型でも、イグナイタの設計はモーターごとに異なる。イグブースタの加熱量もモーターごとに異なり、その違いが溶ける/溶けないの分岐となったと見られる。

SRB-A/SRB-3では、溶けないことが確認されており、今回の報告でも、対策は不要と結論付けられている。SRB-A/SRB-3はモーターサイズが大きいため、イグナイタは3段式の点火方式となっていた。一方、溶けたE-21などは、2段式(イグブースタが直接イグナイタ内の火薬に点火)という違いがある。

イグブースタは、外側から輻射加熱で炙られることになるが、E-21は設計時の解析では、溶けずに残るはずだった。溶けたのは想定外の加熱があったからだが、事故後の検証により、推進剤の燃焼で発生するアルミナ(酸化アルミニウム)が影響するような入熱条件があることが分かったという。この条件をモデルに追加すると、溶融が再現された。

前述のように、イグブースタの溶融は第3段モーターの地上燃焼試験でも発生したが、こちらはなぜ爆発しなかったのか。その違いは、溶けたタイミングにあった。第3段モーターのデータを確認したところ、溶けたのは燃焼終了間際だった模様だ。一方、第2段はそれより入熱が多く、推進剤がまだたくさん残っている10数秒後で溶けてしまった。

  • 第3段モーター「E-31」の地上燃焼試験は6月6日に実施された

    第3段モーター「E-31」の地上燃焼試験は6月6日に実施された (C)JAXA

今回、原因が特定できたというのは、大きな成果だ。井元プロマネは、「過去は変えられないが、未来は変えられる」とコメント。「イプシロンSの開発はまだ続く。初号機が打ち上げに成功するという未来に向かって、みんなで気を引き締めてやっていきたい。原因調査は一区切りついたので、さらにギアを一段階上げていく」とした。