名古屋大学(名大)と京都大学(京大)の両者は12月15日、「カゴメ格子構造」の金属化合物で創発する新奇な相転移であるナノスケールの「ループ電流秩序」を解明する理論を発見したことを共同で発表した。

同成果は、名大大学院 理学研究科の山川洋一講師、同・紺谷浩教授、京大 基礎物理学研究所の田財里奈助教らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

温度や圧力によって水が固体(氷)・液体・気体(水蒸気)と状態を変える現象は、「相転移」の最も身近な代表例だ。粒子と波の2面性を有する電子も実に多彩な相転移を示すといい、電子の磁化(スピン)が一方向に揃った強磁性、電子が凍った絶縁体、その逆に電子が対を組んで電気抵抗が完全にゼロになる超伝導などがよく知られている。

2019年に発見された、バナジウム(V)とアンチモン(Sb)と、銅(Cs)・ルビジウム(Rb)・カリウム(K)のいずれからなるカゴメ格子金属「AV3Sb5」(Aには、Cs、Rb、Kのいずれかが入る)の一種の「CsV3Sb5」は、幾何学フラストレーションを有する新種の超伝導体だ。そこではナノスケールのダビデ星型パターンを伴う電荷秩序や超伝導、電子液晶など、実に多彩な相転移が競合して出現すること、「ループ電流秩序」などを特徴とする。

ループ電流秩序とは、ナノスケールのループ電流が減衰せずに金属中を流れ続ける極めてユニークな量子相のことで、1988年に理論的に提唱された「磁場を必要としないホール効果を示すチャーン絶縁体」の金属版であり、長らく実現が望まれていたものである。しかし、永久電流を伴う量子相が安定に存在できる理由や、電流秩序相の発現機構は何かなど、根源的な謎がまだ多い。そこで研究チームは今回、カゴメ金属のループ電流秩序の理論機構を、最先端の場の量子論を構築することで解析したという。

  • カゴメ格子金属における永久ループ電流

    カゴメ格子金属における永久ループ電流。矢印が電流の向きを表す。自由電子がトポロジカルな有効電場を感じる結果、ナノスケールのループ電流が流れる(出所:京大プレスリリースPDF)

その解析の結果、カゴメ金属の幾何学フラストレーションに由来する電子の量子揺らぎ(遅い電子の振動)が糊となり、電子と正孔の束縛状態を生じることが見出されたとのことだ。

正孔は、場の量子論では“負の時間へと運動する電子”として記述される。束縛状態が生じる量子力学的過程(ファイマン図形)における電子の量子揺らぎは、ここでは「ダビデ星型電荷秩序」の揺らぎ(不確定性原理に基づくゼロ点振動)であり、電子と正孔が量子揺らぎのキャッチボールを繰り返す結果、電子と正孔が束縛状態を作る。これは、超伝導における電子・電子対と類似しているとのことで、電子・正孔対は電荷を持たないため超伝導は生じないが、電子のトポロジカルな性質を変えるため、金属状態を一変させるポテンシャルを秘めているとする。

  • 今回の研究で見出された「電荷揺らぎ交換電流秩序機構」の量子力学的過程(ファイマン図形)

    今回の研究で見出された「電荷揺らぎ交換電流秩序機構」の量子力学的過程(ファイマン図形)。この機構で導かれる虚数の電子・正孔対δtは、自由電子に対する有効磁場を与えるため、減衰しない永久ループ電流が生じる(出所:京大プレスリリースPDF)

なお研究チームは、カゴメ金属の電子・正孔対の振幅が「虚数」だったことを“驚くべきこと”と記述する。虚数「δt」は、金属自由電子に対して有効磁場として働き、その結果、ナノスケールのループ電流が減衰することなく流れ続ける。量子力学の世界では状態がとびとびになるため、電流が摩擦により減衰しないことが許されるのである。

そして今回見出された「電荷揺らぎ交換電流秩序機構」により、電流秩序という極めてユニークな量子状態が生じる現実的機構が解明された。ループ電流秩序は、これまで銅酸化物高温超伝導体における異常金属相の候補としても調べられているが、今なお未解明だといい、今回の理論は、高温超伝導体の未解明問題の研究にも役立つことが考えられるとしている。

今回の理論により導かれるカゴメ格子金属の状態相図において、弱相関領域ではループ電流秩序が高温で生じ、弱相関領域ではダビデ星型の電荷秩序が高温で生じる。研究チームによれば、中間結合領域では電流秩序と電荷秩序が共存し、現実のV系カゴメ金属は、この中間領域に存在することが推測されるとする。

また電流秩序と電荷秩序の共存状態は、自発的に回転対称性を破った「電子ネマティック秩序」になることも判明。上述の状態相図を用いることで、カゴメ金属で実現するループ電流相・ダビデ星型秩序相、ネマティック秩序相、超伝導が競合するユニークな電子状態であることが確認できるとした。

  • 今回の理論で得られたカゴメ格子金属の状態相図

    今回の理論で得られたカゴメ格子金属の状態相図。中間結合領域では、ループ電流秩序と電荷秩序が共存する(出所:京大プレスリリースPDF)

今回の研究成果は、カゴメ金属の多重相転移に対する包括的理解を与えるものだといい、ループ電流はマクロな電流として取り出せないものの、ループ電流秩序は“磁場を必要としないホール効果”や“軌道強磁性”を伴い、微小な外部磁場や一軸歪で制御することは可能であることから、延久チームは、この外場に対する敏感性を応用したデバイスが可能かもしれないとしている。