名古屋工業大学(名工大)と岐阜セラツク製造所の両者は12月14日、昆虫「ラックカイガラムシ」が分泌し、チョコレート菓子にも利用されている天然樹脂状物質「セラック」をベースに新規バイオマテリアルを開発したことを共同で発表した。
同成果は、名工大大学院 工学研究科 工学専攻の砂川祐莉乃大学院生、同・水野稔久准教授、岐阜セラツク製造所の共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行する生体材料とバイオインタフェースに関する全般を扱う学術誌「ACS Applied Bio Materials」に掲載された。
細胞接着性・増殖性、生体適合性、生体吸収性などの機能を同時に備え、かつ十分な力学強度を持った樹脂性バイオマテリアルや、光などの外部刺激によりそれらの細胞接着性や生体吸収速度を制御する技術は、今後の発展が期待される細胞治療などにおいてより需要が高まることが予想されるという。
現在は上述の条件を満たした天然由来のバイオマテリアルとして、コラーゲンやゼラチン、キトサンやヒアルロン酸、蚕やクモ由来の「シルクフィブロイン」、トウモロコシ由来の「ゼイン」などを用いることが主に研究されている。そうした中で研究チームが着目したのが、セラックだったという。
セラックは、ジャラール酸やラクシジャラール酸のような樹脂酸と、アレウチチン酸のような水酸化脂肪酸が交互にエステル結合でつながった、交互オリゴエステルからなる天然化合物だ。このセラックは、哺乳類の細胞に対する接着性をまったく持っていないため、これまで、細胞接着性を持ったバイオマテリアルとしての開発はまったくなされていなかったという。また、化学修飾による同物質に対する機能の拡張・新規機能の付与も、長らく敬遠されていたといい、これは同物質が複雑な化学構造を持った高分子鎖の混合物であるため、選択的な化学修飾が難しいと思われていたことが原因と考えられるとしている。
そこで研究チームは今回、セラックがオリゴエステルであるならば、それぞれの高分子鎖末端には必ず1つずつ「カルボキシル基」が存在するため、それをターゲットに化学修飾を行えば、均一な物性付与が修飾残基ごとに得られるのではないかと考えたという。
まずセラックに細胞接着性・増殖性を付与するにあたり、エステル結合にて疎水・親水性の異なる一連の置換基を導入したセラック修飾体を合成し、このスピンコート膜上での細胞接着・増殖性の評価を行ったとのこと。その結果、ベンジル基、トリフルオロベンジル基、ピコリル基などの疎水性の芳香属置換基が導入された時、効果的に細胞接着性・増殖性が付与可能となることがわかり、セラックからの細胞接着性を持ったバイオマテリアルの開発に成功したとする。なお、このセラック修飾体表面では、線維芽細胞や表皮系細胞などに限らず、間葉系幹細胞についても接着・増殖が可能であり、間葉系幹細胞については、骨細胞への分化にも利用可能であることが確認された。
また、光により切断可能な“ケージド・エステル”として知られる「ヒドロキシアセトフェノン基」を導入したセラック修飾体が合成され、光照射前後での細胞の接着・増殖性の評価が行われた。すると、光照射前は効率の良い細胞増殖が見られたのに対して、光照射後では、細胞接着・増殖性がまったくなくなることが判明。つまり、光に応答して細胞接着・増殖性の変化が可能なセラックベースのバイオマテリアルの開発にも成功したのである。
セラックは、すでに産業的な生産プロセスが確立された安価な天然樹脂状物質であり、今回の研究によって新たに開発に成功した細胞接着性をもつセラック修飾体についても、安価な大量生産が可能だという。そのため、冒頭で紹介したコラーゲンやゼラチン、キトサンやヒアルロン酸、シルクフィブロイン、ゼインなどと比肩可能な、天然由来の新たな細胞接着性バイオマテリアルとしての利用拡大が期待されるとする。
天然由来のバイオマテリアルは、低い生体毒性、生体吸収性、高い生体適合性などから再生医療分野での利用が特に注目を集めているが、今後予見される食料問題への対応策としての培養肉、人工食品生産技術への利用も考えられるとのこと。さらに、光照射により細胞の接着性を変化可能な培養材料開発は、幹細胞や細胞シートの大量生産における要素技術のみならず、新たな医療技術開発にもつながる可能性があるとしている。