2023年の季節性インフルエンザが例年より早く流行している。厚生労働省の報告書によると、11月27日~12月3日までのインフルエンザ感染の報告数は全国で13万2117件だった。前年同期は636件だったことを踏まえると、早期に感染拡大していることは実際に数字が証明している。

話は変わるが、「インフルエンザ」と聞いて思い出すのは、子供のころの辛い経験だ。インフルエンザ感染の疑いで病院で検査する際、鼻の奥に綿棒を入れられてグリグリされるのが本当に嫌だった。診察する医師に「口をめいっぱいあけて『あー』と言うので勘弁してください」と、子供ながらに頭を垂れていた少年期が懐かしい。

AIが咽頭の写真を解析

今の時代に少年期を過ごせていたら……と、考えてしまう医療機器がある。スタートアップのアイリスが提供するAI(人工知能)医療機器「nodoca(ノドカ)」だ。nodocaは、ペンライトのような形をした専用のカメラで患者の咽頭を撮影し、入力した診療情報と合わせて、インフルエンザに特徴的な所見などの有無を判定する。

  • AI(人工知能)医療機器「nodoca(ノドカ)」使用イメージ 提供:アイリス

    AI(人工知能)医療機器「nodoca(ノドカ)」使用イメージ 提供:アイリス

医師は、nodocaの判定結果と、問診その他の診察の内容も踏まえて総合的にインフルエンザかどうかを診断する 。判定の開始から結果の通知まで数秒~十数秒で完了する。このカメラはインターネットに接続されたIoT医療機器で、撮影された咽頭写真が即座にクラウドに同期され、クリニックにあるパソコンを使って画像を閲覧することができる。

特徴は痛みが少ない検査ができること。 熟練医師であれば視診で判別できるが、経験が浅い若手医師の場合は他の感染症と見分けることが難しかった。インフルエンザに限らず多くの風邪や健康な人であっても、のどの奥には似たようなサインが現れるからだという。

nodocaは2022年12月より販売を開始。インフルエンザを診断支援する医療機器であり、AIを搭載した医療機器が、「新医療機器」(※1)として薬事承認された日本初の事例(※2)である。

このシステムを用いたインフルエンザの診断プロセスは保険適用にもなっている。100施設以上の医療機関の協力のもと、1万人の患者から取得した50万枚以上の咽頭画像データベースを基にnodocaは開発されている。

(※1):「医療機器の製造販売承認申請について」(平成26年11月20日 薬食発1120第5号)」第1・2(2)が定める定義
(※2): PMDAが公開する令和3年度~平成23年度の新医療機器の一覧及び令和4年度の承認医療機器をアイリス株式会社が確認する限りの情報(2022年5月9日時点)

躍進する離島医起業の医療AIスタートアップ

アイリスは2017年11月に創業した。代表取締役社長の沖山翔氏は現役の医師で、離島医として活躍した経験も持つ。まさに"Dr.コトー"のような経験から、医療の地域格差を切実に感じ6年前に起業した。

沖山氏は「日本全体でみると、設備が整っている東京の医療機関のほうが珍しい。地方と都心のギャップを埋めるためには、仕組みを変える必要があると感じた。離島での経験がなければ起業していない」と振り返る。

  • アイリス 代表取締役社長 沖山翔氏(12月11日、東京都港区)

    アイリス 代表取締役社長 沖山翔氏(12月11日、東京都港区)

同社の2023年12月時点での累計調達資金は50億円を超える。AI医療機器においてベンチャーでの商用化は極めて稀であり、東証プライム市場を含め日本全体でも十数社しかいないという 。

また、アイリスは米国サンフランシスコで12月1日(現地時間)に行われた「スタートアップワールドカップ2023」(ペガサス・テック・ベンチャーズ運営)の世界決勝戦で見事優勝を果たした。賞金として100万米ドル(約1億5000万円)を手にした。同大会は52の国と地域で予選が行われ、3万社を超えるスタートアップがエントリーしていた。

  • 「スタートアップワールドカップ2023」でアイリスが優勝した 提供:ペガサス・テック・ベンチャーズ

    「スタートアップワールドカップ2023」でアイリスが優勝した 提供:ペガサス・テック・ベンチャーズ

沖山氏は同大会にエントリーした理由について、「医療業界においてもAI技術は急速に発展しつつある。日本発のAI医療機器として、当社のようなスタートアップの技術と会社の存在を世界に認知してもらいたい」と説明する。

同社の技術が 世界1位に輝いたのは、これが初めてではない。3回目の快挙だ。2020年に米Meta(当時はFacebook)、2022年に米Google子会社であるKaggle、それぞれが運営するグローバルAIコンペティションで世界1位となった。

「当社のエンジニアチームは普段から世界で戦っておりとても優秀だ。世界の第一線の技術を発揮できると自負している」と沖山氏は胸を張る。

また、ペガサス・テック・ベンチャーズ創業者兼CEOのアニス・ウッザマン氏も「沖山氏のプレゼンはオバマ前大統領のスピーチの仕方にとても似ている。あまり多くの言葉を並べないが、その一つひとつの言葉が重い。分かりやすくて、熱量が会場全体に広がっていた」と絶賛する。

  • ペガサス・テック・ベンチャーズ 創業者兼CEO アニス・ウッザマン氏(12月11日、東京都港区)

    ペガサス・テック・ベンチャーズ 創業者兼CEO アニス・ウッザマン氏(12月11日、東京都港区)

今後、同社はどのように事業を展開していくのだろうか。沖山氏は「咽頭から診断できる病気は2~300種類ある。インフルエンザだけでなく、さまざまな他の病気の診断の支援をしてきたい。研究開発費は1億や2億じゃ済まない。日本の医療だけでなく、世界中の医療を発展させていく」と展望を示す。

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最近、筆者の周りでもインフルエンザが流行っている。もしインフルエンザの疑いが出て診察に行く際は、病院に「nodoca、ありますか?」と事前に聞こうと思う。