藤田医科大学は12月8日、運動による感覚情報の変化に着目し、特定の神経経路を遮断する新たな解析技術を用いて、運動に伴う感覚変化の脳メカニズムをマウスを用いて調べた結果、これまで報告されていなかった新たな神経回路機構を発見したことを発表した。
同成果は、藤田医科大 医学部 生理学II講座の河谷昌泰氏、同・大学 精神・神経病態解明センターの山下貴之教授(医学部 生理学II講座兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。
運動をしていると脳全体の神経活動が変化し、その変化は感覚を処理する脳の部位にもおよび、運動中は静止時と異なる感覚処理が行われる。しかし、そのメカニズムはよくわかっていなかったという。そこで研究チームは今回、マウスを用いて、触覚を処理する脳部位の「一次体性感覚野」(S1)の神経活動が、運動によりどのように変化するかを調べることにしたとする。
マウスにおけるS1の神経細胞は、顔にある長いヒゲ(洞毛)の運動によって活動が変化することが知られており、従来、S1は運動に関わる脳部位の「一次運動野」(M1)からの情報を受け取り、これが運動中のS1活動変化に影響を与えると考えられてきた。ところが、これについては直接的な実験的証拠がなく、詳細は不明なままだったという。
S1に情報入力する脳部位は複数あるが、その中に運動中に活性化してS1に情報を送ると考えられる神経経路は、M1からS1へのトップダウン入力、「視床」(TLM)からS1へのボトムアップ入力、「二次体性感覚野」(S2)からS1へのフィードバック入力と、少なくとも3つあると考えられている。今回の研究では、緑色の光照射によって活性化し、神経細胞を抑制する蚊由来のタンパク質「eOPN3」が用いられた。S1の神経活動を電気記録しながら、光照射により、3種類の入力が別々に遮断された。同時にマウスの顔を上から高速ビデオ撮影し、洞毛の運動の記録も行われた。
記録結果が解析されたところ、S1には洞毛運動により活性化あるいは不活性化する細胞群(洞毛関連細胞)が見出されたという。具体的には、TLMからのボトムアップ入力あるいはS2からのフィードバック入力を抑制すると、洞毛関連細胞における洞毛運動に伴う活動変化が減弱したとするが、一方でM1からのトップダウン入力を抑制しても洞毛関連細胞の活動に影響は見られなかったとした。S1には、運動中の洞毛が特定の位置にある時に活動を示す神経細胞があり、この細胞の活動は、TLMからのボトムアップ入力を遮断することで減弱したが、M1やS2からの情報入力を遮断しても当該細胞の活動に変化はなかったという。
研究チームでは、これらの結果から、従来想定されていたようなM1からS1へのトップダウン入力は、実は運動中のS1活動変化にほぼ寄与していないことが判明したとする一方、TLMからのボトムアップ入力は洞毛運動中に洞毛位置を知らせていることが明らかにされたとし、S2からS1へ入力される情報はより非特異的であり、洞毛の運動状態をS1に伝える役割があると考えられるとしている。
なお、今回の研究成果について研究チームは、運動中の脳の神経活動に関する従来の理解に重要な変更を加えるものと説明している。そのため今回の発見については、神経科学の分野において感覚と運動の統合メカニズムについての新しい視点と知識をもたらすものであり、今後は視覚や聴覚など、ほかの感覚モダリティに同様の機構が存在するかが調べられることになるだろうとしている。
また、今回のような新たな知見は、AIやロボティクス、ブレインテックの分野における脳の情報処理モデルの開発・改善に貢献できることが考えられるともしており、脳の動作メカニズムをより正確に模倣することで、より高度なAIシステムや介入的治療法の開発が進むことが期待されるという。