東京大学(東大)は11月28日、量子情報処理の多くに不可欠である「量子擬似ランダム性」が、物理学における中心的概念の1つである「対称性」によって受ける影響を解明すると同時に、対称性を満たす量子擬似ランダム性を効率的に生成する量子回路の構成方法を明らかにしたことを発表した。

同成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の三橋洋亮大学院生、同・吉岡信行助教らの研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する量子情報科学と技術に関する全般を扱う学術誌「PRX Quantum」に掲載された。

量子ランダム性とは、量子的な操作をランダムに発生させることを表し、基礎的な物理現象の解明から、量子コンピュータを用いた情報処理に至るまで、現代の物理学・計算科学・情報科学にわたる広範な分野において活用されている。

量子ランダム性は、古典的なランダム性よりも遥かに実現が困難であることが知られており、完全な量子ランダム性の生成には莫大な計算時間を要することから、実用的には擬似的な量子ランダム性で代用されることが多く、その代表例として「クリフォードゲート」と呼ばれる量子的な操作の組が挙げられる(これらの操作が量子擬似ランダム性を生成する際によく用いられる理由は、クリフォードゲートによる量子状態の変化が、古典コンピュータを用いて効率的に計算できることにある)。

  • 対称性を満たす量子擬似ランダム性のイメージ

    対称性を満たす量子擬似ランダム性のイメージ(出所:東大プレスリリースPDF)

また近年において量子ランダム性は、物理学の重要な概念である対称性がさらなる豊かな数理構造・工学応用・物理現象を創発するものとして注目を集めている。なお、“ある物質が対称性を持つ”とは、その物質に対して何らかの操作を行っても不変であることを表す。たとえば、鏡に映しても不変である物質は「鏡映対称性」を持つと表現され、量子力学における対称性は、量子的な操作に関する不変性によって表されるものだ。

ただし、対称性が量子擬似ランダム性にもたらす影響を数学的に記述する方法は知られておらず、また、対称性を満たす擬似ランダム性の生成方法も未解決だったとする。そこで研究チームは今回、量子擬似ランダム性が、対称性によって受ける影響を解明することを目指し、さらに対称性を満たす量子擬似ランダム性を効率的に生成する量子回路の構成方法を提案したという。

研究チームは今回の研究における1つ目の成果として、量子擬似ランダム性が対称性の下でどのように変化するのかを解明した点を挙げる。具体的には、クリフォードゲートの組の持つ擬似ランダム性のレベルが保存されるための条件は、対称性が、量子力学における最も基本的な種類の操作である「パウリゲート」を用いて記述されることを証明したとのこと。このことは、擬似ランダム性のレベルに応じて定まるランダム性指標を計算することによって検証することもできたとする。なおパウリゲートは具体的に、古典ビットの量子的な対応物である量子ビットを単位球面上の点として表現した時、各量子ビットに対するパウリゲートはこの点をx、y、z軸の周りに180°回転させる操作のことだ。

  • 擬似ランダム性のレベルに応じたランダム性指標の計算結果

    擬似ランダム性のレベルに応じたランダム性指標の計算結果。クリフォードゲートの組が持つ擬似ランダム性のレベルは、導入される対称性が(a)パウリゲートで表される場合には保存される一方で、(b)パウリゲートで表されない場合には保存されないことが示されている(出所:東大プレスリリースPDF)

次に2つ目の成果として、対称性を満たすすべてのクリフォードゲートを無駄なく生成する方法が発見されたことを挙げた。同手法を使わずに対称性を満たすクリフォードゲートを得る従来の方法は、クリフォードゲートを大量に生成して、その中から低い確率で出現する対称なゲートを選び出すという非効率的なものだったという。その一方で今回発見された手法は、確実に対称性を満たすクリフォードゲートを得られるだけでなく、全ゲートを等しい確率で生成できるという利点があるとする。

  • 対称性を満たすクリフォードゲートを生成する量子回路

    対称性を満たすクリフォードゲートを生成する量子回路。対称性の種類により決まる両端のゲートに挟まれた4種類のゲートを変えることで、全ゲートを等しい確率で生成でき、量子擬似ランダム性を満たす(出所:東大プレスリリースPDF)

研究チームは今回の研究成果について、対称性に起因する新たな物理現象の研究や、物質固有の対称性を活用した効率的な量子情報処理手法の開発に役立つことが期待されるとしている。