富士フイルムは11月28日に記者説明会を開き、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関する同社の取り組みについて説明した。本稿では、富士フイルムの現時点と、同社が目指すDXのビジョンについて焦点を当てたい。
誰よりもDXの必要性を痛感している富士フイルム
富士フイルムは現在のところ、デジタル技術を活用して社員一人一人の生産性を高めることに注力している。これにより優れた製品やサービスを生み出し、顧客体験価値の向上と社会課題の解決を目指す。
そのための共通指針として、同社は3つのステージからなる「DXロードマップ」を定めた。ステージIでは製品やサービスが持つ機能と価値を高め、サブスクリプションモデルを含む継続的な販売モデルへの変化を進める。
続くステージIIでは顧客データの活用などを通じて、自社サービスの価値向上にとどまらない顧客体験価値の向上を狙う。ここでは、顧客データが増えるほどさらに製品とサービスの価値が高まるという好循環が期待できるそうだ。
2030年をめどに実現を目指すステージIIIでは、複数のステークホルダーも巻き込んだ新たなエコシステムの形成を経て、持続可能な社会を支える基盤となる製品やサービスの展開へとつなげる考えだ。
同社のテレビCMでも語られるように、コーポレートスローガンは「Value from Innovation」である。これには、社会に価値ある革新的な技術や製品、サービスを生み出し続けるためにイノベーションを起こし続けるという、同社の信念が込められている。
同社がイノベーションの源泉としているのは、「源泉」「企業風土」「人材」「ブランド」「グローバルネットワーク」の5つの要素。イノベーションによって時代によって変化する社会のニーズに対応し、ステークホルダーらとの共創の輪を広げて持続可能な社会へ貢献するとしている。
なぜ、富士フイルムはこれほどまでにデジタル技術とイノベーションにこだわるのだろうか。その答えは、社名にもある通り祖業の写真フィルム市場の急速な縮小にある。2000年ころをピークとして、現在の写真フィルムの市場は当時の1~2割にも満たないという。
富士フイルムの執行役員でICT戦略部長を務める杉本征剛氏は「日本にDXという言葉が認知される以前から、当社はデジタル化の進展による急激な社会変化に常に向き合ってきた」と語っていた。
同社はそのような状況の中で、1950年代に国内で最初に稼働した電子式コンピュータ「FUJIC(フジック)」を発表するなど、デジタル化への対応を進めてきた。以降も、放射線量の低減を目指したデジタルX線画像診断装置「FCR」、フルデジタルカメラ、ワイドビューフィルム、デジタル化した写真現像システムの開発などを手掛けている。
なお、同社は今後、IT投資に対し、年間300憶円規模の資金を投じる方針だ。これまでは既存システムのバージョンアップやERPの更新が主であったが、今後はインフラやセキュリティへの配分を高めるという。
各ステークホルダーが安心して同社のエコシステムに参画できるようセキュリティを担保しつつ、PoC(Proof of Concept:概念実証)に注力するなど、まさに今後のDXをさらに加速するという姿勢がうかがえる。
現場主導のDXを成功させるヒントは伴走型の支援
富士フイルムが描くDXの姿に、変化が見られる。同社が以前公開したDXの概要図では、「イノベーティブやお客様体験の創出と社会課題の解決」と「収益性の高い新たなビジネスモデルの創出と飛躍的な生産性向上」をDXビジョンとして掲げ、そのビジョンを製品・サービス、業務、人材、ITインフラといったDX基盤が支える2段構成となっていた。
しかし今回は、DXビジョンとDX基盤の間に人間の知恵とデジタルを高い次元で融合するための「DX行動規範」が挿入され、3段構えの概要図が示された。まずは業界が求めるウォンツを理解し、デジタルプラットフォーム上で表現可能な状態とするという。
そしてそのためにも、さまざまな取引をデジタル空間上で実現するべく、業務の品質や安全性を担保するトラストプラットフォームの構築を急ぐそうだ。その最終的な結果として、顧客やパートナーらとの現場間、そして自社内のあらゆる現場間の業務を適正に連携し双方の満足度を高める方針。
富士フイルムが取り組むDXの基本的な考え方は、「プラットフォーム指向」がキーワードとなる。これは、自社単独で開発した特定用途向けの専用機能を垂直統合するコンポーネント型の開発ではなく、共通機能を柔軟に組み合わせてさまざまな用途を実現する仕組みだ。
同社のイメージング事業では以前、医療やグラフィクス、オフィス分野など各事業が個別に開発した特徴的な画像処理技術が乱立していたという。しかし急速なデジタル化の中では個別の開発体制では競争力が弱まると考え、プラットフォーム型開発への移行と各事業製品の統合を進めてきた経緯がある。
「たとえるならばおもちゃのブロックのようなもの。どの事業現場でも使える共通部品の上に、各事業の個別ニーズに対応する部品を開発するだけで、素早く低コストで展開できる利点がある」と杉本氏は説明した。
富士フイルムのDXは、トップダウン型のガバナンスを利かせながらも現場主導で進めているという特徴を持つ。その背景として、上述のように同社がDX基盤としている「製品・サービス」「業務」「人材」のそれぞれのDXが相互に関わっているのだという。
まずは、DX人材が起点となり現場のDXを進める。そこで生み出された時間を使って顧客やパートナー企業のニーズを取り入れながら、製品とサービスの質を高めていく。その結果として、顧客やパートナーらの体験価値も向上していくという流れだ。各従業員がこの流れを意識することで、同社はイノベーションを加速する。
一見すると理想的な「トップダウン型と現場主導のDXの両立」だが、それがなかなか難しい。そこで、杉本氏にこの両立がうまくいくヒントを聞いてみると、次のような回答があった。
「正直に言うと、トップダウン型のDXは現場の人からすれば突然降ってきた面倒ごとに思われることはあると思う。そこで大切になるのは、経営企画部や経理部、ICT戦略部の人材が緩衝材やファシリテーターの役割を担い、経営の意思を現場に伝えながら現場の業務をサポートすること。現場を重視するDXの本質は、間接部門やICT戦略部の人材がどれだけ現場に寄り添って伴走できるかにあるだろう」