富士フイルムホールディングス(HD)はこのほど、事業変革への取り組みに関する記者会見を開いた。会見では、執行役員 ICT戦略部次長(兼 メディカルシステム開発センター長)の鍋田敏之氏が、事業のITサービス化を加速させようとする同社の戦略について説明した。

富士フイルムHDは、唯一無二の技術力・製品力にITを掛け合わせて、どのような新しい価値を創出していくのだろうか。同会見の内容を基に一つずつ解説していこう。同会見で説明が行われた同社のデジタルプラットフォーム戦略に関する記事はこちら

同社は、デジタルカメラなどのイメージング事業、医療機器などのヘルスケア事業、半導体材料などのマテリアル事業、企業の働き方を支援するビジネスイノベーション事業の4事業で成長を続けており、2022年度の売上高は2兆8590億円で前年比で13%増だった。記者会見では、ヘルスケア事業とイメージング事業におけるITを組み合わせた事業変革の事例が紹介された。

  • 富士フイルムの事業ポートフォリオ

    富士フイルムの事業ポートフォリオ

鍋田氏は「医療AI技術にSaaSを掛け合わせてAI開発支援プラットフォームを構築したり、フィルム技術にアプリサービスを掛け合わて企業のマーケティング活動を支援したりしている」と事例を紹介した。

  • 富士フイルムホールディングス 執行役員 ICT戦略部次長(兼 メディカルシステム開発センター長)の鍋田敏之氏

    富士フイルムホールディングス 執行役員 ICT戦略部次長(兼 メディカルシステム開発センター長)の鍋田敏之氏

医師主導のAI技術開発を支援する「SYNAPSE Creative Space」

ではまず、医療AI技術にSaaSを掛け合わせたAI開発支援プラットフォーム「SYNAPSE Creative Space」について紹介していこう。同プラットフォームは、プログラミングなどの専門知識がなくても医療画像診断や、AI技術開発の一連のプロセスを実行できるサービスを提供している。現在ベータ版を提供しており、2023年度中に正式サービスインすることを予定している。

鍋田氏は「昨今、画像診断支援AIの開発は進んでいるが、高度な工学的な知識が必要であり、高精度なサーバと開発環境設備に大きなコストがかかっている。加えて、アノテーション(データに情報を付加するプロセス)やプロジェクト管理において医師の作業負荷が高くなるといったことが大きな障壁となっている」と現状を解説した。

  • 「SYNAPSE Creative Space」サービス概要

    「SYNAPSE Creative Space」サービス概要

「SYNAPSE Creative Space」は、ダッシュボードでアノテーションの進歩やAIの学習状況が一目で分かるプロジェクト管理機能や、マニュアルがいらないアノテーションツールといった機能を備えており、学習エンジンを使用したAIモデルの作成からAIの実行までを一元的に行える。

さらに、富士フイルムは同プラットフォームを通じて、医療機関・医師などにAI技術の開発環境を提供することで、医療AI技術開発の民主化を促す。具体的には、医療機関・医師が開発したAI技術を富士フイルムの既存製品に搭載し、その製品の収益に応じたライセンス料を医療機関・医師に支払う仕組みを導入。「産学がウィンウィンとなる開発を後押しし、社会実装のエコシステムを目指す」(鍋田氏)とのことだ。

2022年4月よりベータ版の提供を開始しており、提供後約1年間で30サイトに導入したという。同社は今後、医療AI技術の民主化を軸にして「研究支援」、「社会実装」、「教育支援」の3つの観点から事業展開を進めていく。

  • 医療AI技術開発の民主化に向けた今後の展開

    医療AI技術開発の民主化に向けた今後の展開

研究支援の観点では、2025年までに国内累計ユーザー数を100ユーザーまでに引き上げ、海外展開を10施設(トライアル)まで広げたい考え。また、社会実装の観点では、2023年度中に第一弾、2025年までには最低5件の社会実装事例の創出を目指すとのこと。

さらに教育支援にも注力し、教育機関のAI教育支援ツールとして導入を進める。現在、すでに3施設の医学部がAI教育支援ツールとしてトライアル活用をしており、同社は2025年までに最低30施設へ導入する目標を掲げている。「多くの若い世代の方々にサービスのファンになってもらい、医療AI開発の知識やスキルレベルの向上に寄与していきたい」(鍋田氏)

チェキ×QRコードでマーケ活動を支援する「INSTAX Biz」

次に紹介する事例は、企業のマーケティング活動を支援する、スマホプリンター対応イベント用チェキアプリ「INSTAX Biz」。INSTAXが持つ写真プリントとしての独自の価値に、企業やイベント情報などのオリジナルフレームを付加した。チェキにプリントされたQRコードから顧客にデジタルコンテンツを提供でき、企業のWebサイトや動画、SNS、会員登録、アンケートなどに誘導できるサービスだ。

  • 「INSTAX Biz」サービス概要

    「INSTAX Biz」サービス概要

企業はINSTAXのフィルム・プリンタの購入、無料アプリのダウンロードのみで利用可能。アプリにテンプレートを事前に登録してスマホで撮影するだけで、QRコード付きのプリントができる。鍋田氏は、「手軽に特別感のある写真を撮影してリアルに渡すことができるだけでなく、デジタル上での接点を構築することで自然なマーケティングが実現できる」と補足した。

  • 「INSTAX Biz」利用の流れ

    「INSTAX Biz」利用の流れ

同アプリはさまざまな分野で導入されている。例えば、三菱地所プロパティマネジメントが運営するショッピングモールでは、同アプリを活用してクリスマスツリーの前で行う撮影会を実施した。QRコードからアプリの会員登録・アンケートを促し、施設内で使えるデジタルクーポンを配布したところ、QRアクセス率は43%、アンケート回答率は20%以上を達成した。

また、「ハローキティ」でおなじみのサンリオエンターテイメントでは、同社のテーマパーク「サンリオピューロランド」のファン限定イベントでキャラクター入りオリジナルフレームを用いた撮影会を実施。QRコードからアンケートに回答すると、スマホ用の壁紙をダウンロードできるようにしたところ、アンケート回答率は100%を達成したという。

  • 「INSTAX Biz」導入事例

    「INSTAX Biz」導入事例

鍋田氏は、「既存事業における高度な技術力や唯一無二の製品力にITを組み合わせることでITサービス化を加速させ、新しい価値を創出していく」と語り、発表を締めくくった。