2017年に設立したパナソニック コネクティッドソリューションズ社は、2022年にパナソニック コネクトへ社名を変更した。同社を率いるのが、松下電器産業を経て日本HP、マイクロソフトなどで要職を務めたパナソニック コネクト 代表取締役 執行役員 プレジデント・CEOの樋口泰行氏だ。

樋口氏は、約6年半をかけて徹底した改革を実行してきている。事業、組織の両面でパナソニック コネクトの改革を進めた。同氏はどのような勘所で改革を進め、その視線はどこを見ているのか。

9月25日に開催された「TECH+ イブニングセミナー for Leader 2023 Sep. 入山章栄氏と共に語る データ可視化によるスピード経営」に樋口氏が登壇。早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授の入山章栄氏とともにパナソニック コネクトの企業改革について振り返った。

  • 左から、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏、パナソニックコネクト 代表取締役 執行役員 プレジデント・CEO 樋口泰行氏

“競争しないこと”が競争戦略の基本

樋口氏がパナソニック コネクト(当時はコネクティッドソリューションズ社)のCEOに就任してから今年で6年半を迎えた。就任当時は「ばらばら感があった」(樋口氏)という同社だが、この6年で「ようやく成長の入り口にたどり着けた」と言う。

事実、パナソニック コネクトは樋口氏のCEO就任以来、事業面でも組織面でも大きな変革を遂げている。例えば、事業面では2021年、サプライチェーンのクラウドサービスを提供するBlue Yonderを約8630億円で買収した。「単品金物・大量生産的な事業はコモディティ化が進むので、高収益でかつ持続可能性の高い収益を生み出すものが事業ポートフォリオとして欲しかった」と樋口氏は買収の意図を振り返る。

大型買収などで意欲的にビジネスを拡大する一方、樋口氏は既存事業の整理にも手を付けた。この6年で停止した事業は10を数え、2工場を閉鎖した。これらの思い切った決断について、樋口氏は「“やめられなかった”をやめることにした」と語った。

  • 樋口氏は2017年のCEO就任から数々の改革を推進している

こうした改革の土台となるのが「GAFAが入れない領域で、サスティナブルなビジネスモデルを構築する」という考え方だ。

入山氏は6年前に樋口氏に言われた言葉を今でも覚えているという。

「当時、樋口さんは『GAFAには勝てない。だからこそ、GAFAが入れない領域をいかにとっていくかが大事』と仰っていました。GAFAができないところと言えば、IoTなど実物とデジタルを組み合わせるところではないでしょうか」(入山氏)

入山氏の言葉に樋口氏も同意を示す。

「実物とデジタルの組み合わせは、ハードウエアとソフトウエアの組み合わせとも言えます。ただし、まずはハードウエア自体に複雑性が必要です。と言うのも、ハードウエアの部品点数が5000点以下だったり、単にアセンブルするだけの付加価値であるとコモディティ化してしまうからです。複雑性のあるハードウエアで、さらにウエアソフトウエアを付加できるルームのある領域を狙わなくてはいけません」(樋口氏)

こうした戦略を採ることができる日本企業は決して多くない。なぜなら、日本企業は品質の良い製品を安くつくることで成長してきたかつての“成功体験”があるからだ。「良いものをつくれば売れる」という時代が長く続いたことで、変革が遅れてしまったのだ。

「経営学では“競争しないこと”が競争戦略の基本。ライバルが入ってこない場所で勝負するのがベストな戦略だが、日本企業は過去の成功体験に縛られてそれができなかった」と入山氏は指摘する。

では、具体的に「GAFAが入れない領域のサステナブルなビジネスモデル」とは何か。入山氏が注目するのが、航空機向けのエンターテインメント事業を手がけるパナソニック コネクトの社内カンパニー・パナソニック アビオニクスだ。

実は航空系の事業は、GAFAがいまだ参入できていない領域の1つである。しかも飛行機という複雑なハードウエアと、その上に展開するウエアソフトウエアの組み合わせで構築されており、まさに日本企業が戦うべきビジネス領域と言える。

「デジタルオンリーで実現できるエリアはGAFAが強いので入らない、パワーゲームも中国、韓国、台湾などの新興国との競争があるので入らない。その間にある“ややこしいところ”に入っていこうと考えています」(樋口氏)

トップが主導することで古いカルチャーを打破

樋口氏が進める改革は事業面だけではない。パナソニック コネクトはこの6年で文化面・組織面でも大きな変革を遂げた。

一例として入山氏が挙げるのが、同社で稟議を上げる際に直接上司を飛ばして社長に直接稟議を上げられる“すっ飛ばし”制度だ。通常、稟議書は直属の上司に提出し、そこからさらに上申されていく。最終的に幹部や社長といった決裁者が確認して決裁するわけだが、その頃には最初の提出からかなりの時間が経っていてビジネスの機を逸してしまうことも少なくない。

こうしたスピードの遅さに嫌気が差していた樋口氏が始めたのが、前述の制度のようなカルチャー改革だ。

樋口氏は「変わろうとする力や、変革、イノベーションを阻害している原因は、日本企業に古くから根付いているカルチャーだ。それをリセットし、改めなければならない」と述べた。

「社内で無駄な会議ばかりやって、誰が何を決めるのかもわからないまま延々と続けた挙げ句、結局何も決まらないことも珍しくありません。このままではまた“失われた30年”を繰り返してしまうでしょう。そうした文化を変えていかなければならないという危機感があります」(樋口氏)

この意見に入山氏も賛同する。

「日本企業における改革で重要になるのが企業文化。文化とは行動のことであり、言うだけでなく行動する必要があります。では誰から行動するのかというと、それはトップである経営層です。なぜなら社員は皆、上を見ているからです。社長、役員、部長、課長、現場という順番で変わっていきます」(入山氏)

  • 入山氏はトップ層が意識と行動を改めるべきだと話す

無論、文化を変えるのは一筋縄ではいかない。組織文化は長い時間の積み重ねでできあがったものであり、変革には大きな力が必要になるからだ。

パナソニック コネクトが設立され、樋口氏が社長に就任して6年半。ようやく同社の組織文化にも変化が見えてきたという。

樋口氏が実感したのは「失敗を恐れないカルチャー」の形成である。なぜならイノベーションは挑戦から生まれるものであり、挑戦に失敗はつきものだからだ。もし失敗を恐れるカルチャーが根強いと、社員は挑戦しなくなってしまい、イノベーションも生まれにくい。イノベーションを生むためには社員が挑戦しやすい雰囲気をつくることが重要であり、そのためには「失敗も含めてなんでも言い合えるカルチャー」の醸成が必要なのだ。

さらに、樋口氏はダイバーシティや人権意識などの浸透も推進している。特にハラスメント対策に力を入れており、「日本で一番ハラスメントに厳しい会社」を目指しているという。

「人権に対する意識について、日本はまだまだ遅れています。一人ひとりがいきいきと働けることこそが生産性の一番の源泉。そのためにも人権への意識をもっと見直していかなければなりません」(樋口氏)

組織を根本から変えるには10年はかかる

この他にも樋口氏は数えきれないほど多くの改革に着手してきた。例えば、毎週提出を義務付けられていた週報も「週報の量と質で評価されるため、週報を書くことに一生懸命になってしまう」(樋口氏)ことを問題視して撤廃した。

「以前は社内会議で座席表をつくる社員もいました。会議室で椅子に座ったら、『樋口さんはその席ではないです』と言うんです。その座席表をつくるのにどれだけ時間をかけたんだ、と。二度とつくるなと伝えました」(樋口氏)

社内SNSや、四半期に一度開催する全社集会「All Hands Meating」、少人数でのラウンドテーブルなどを通じて、社員とのコミュニケーションも図り続けている。 こう変わるんだ、という“To Be”をリーダー自身が目指す姿を伝えながら、心理的安全性の高い職場環境をつくり、無駄な慣習も無くしていく。そうした日常の変化を積み重ねた結果、パナソニック コネクトには風通しの良い組織文化が着実に根付きつつある。

だが、まだまだ道半ばだ。

「4~5年程度で改革できるものではありません。人と組織を根本から変えるには10年はかかるでしょう」(入山氏)

樋口氏は最後に「どこまで行っても改革は終わらない。変わるんだという想いをトップが体現することで、健全なカルチャーを構築していかなければならない」と述べ、さらなる企業改革に意欲を見せた。