日本原子力研究開発機構(原子力機構)、AGC、J-PARCセンターの3者は11月16日、機械学習を応用してシリカガラスの原子配列を高精度に再現する原子シミュレーション技術を開発し、これまで不明だったシリカガラスの詳細な原子構造を解明したことを共同で発表した。
同成果は、原子力機構 システム計算科学センター・シミュレーション技術開発室の小林恵太研究員、同・奥村雅彦研究主幹、同・中村博樹研究主幹、同・板倉充洋室長、同・町田昌彦センター長、J-PARCの鈴谷賢太郎研究主幹、AGCの浦田新吾博士らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
シリカガラスは、最も代表的なガラス物質の1つとして広く研究が行われてきた材料だ。同ガラスの中性子およびX線回折実験において、0.4nm程度の波長領域に現れる鋭い回析ピークは「FSDP」と呼ばれ、中距離の秩序構造を反映したものと考えられている。しかし、その中距離の秩序構造の詳細については、原子配列の立体的配置そのものを中性子回析やX線回析では直接得ることができないため、どのような原子配列が生み出しているのかを解明することは困難とされてきた。
その解決策として期待されているのがシミュレーションだが、コンピュータ上に精確なシリカガラスの構造を再現するためには、高精度な原子シミュレーション手法が必須だ。今回の研究では、最新の原子シミュレーション技術である「機械学習分子動力学法」(以下、MLMD法)を活用し、シリカガラスにおける中距離の秩序構造を原子レベルで解明する研究を行ったという。
MLMD法では、原子に働く力を、人工ニューラルネットワーク(NN)を用いて学習する。一度学習すれば、機械学習モデルは立ちどころに答えを出力できるため、高速計算が可能となり、中距離の秩序構造を捉えるのに十分な規模の原子集団のシミュレーションが可能になるという。ただし、その計算精度は機械学習モデルの精度に左右される。
今回、人工NNに学習させる高精度な教師データは、二酸化ケイ素を対象とする数万通りもの小規模な第一原理計算を行うことによって作成された。このように構築されたMLMD法を用いて、二酸化ケイ素の各種結晶相、液相、ガラス状態に対する高精度かつ大規模な計算を短時間でシミュレーションすることが可能となったとのことだ。
今回の研究では、圧縮により高密度化されたシリカガラスのFSDPを計算の対象としたとのこと。FSDPは、圧縮や熱処理といった高密度化のプロセスに依存して減少または発達することが知られている上、同ガラスの秩序構造は、屈折率や光ファイバの光損失と深く関連しており、圧縮や熱処理による秩序構造の制御が、新しいガラス材料の開発に直結する重要課題と考えられているとする。
研究チームは、MLMD法により、低温圧縮と高温圧縮による構造の変化は高精度に再現可能と確認。特に、高温圧縮におけるFSDPの発達は、従来の近似的な計算手法では再現が困難だったが、今回の研究によって初めて再現されたという。
これまで、FSDPを生み出すシリカガラスにおける中距離の秩序構造の起源に関しては、数多くの理論やモデルが提唱されてきた。シリカガラスにおいては、ケイ素‐酸素共有結合によって形成されるネットワーク構造の中で、特定の幅を持った構造が頻繁に現れるのが原因であるという考えが提唱されている。その幅と同程度の波長を持った中性子やX線が強く反射されることで、結果としてFSDPが観測されるというのが、現在の1つの有力な説明となっている。
共有結合ネットワークは、ケイ素‐酸素から構成されるリングを最小単位としている。今回の研究では、そのリングの形状や配列を解析することにより、ネットワーク構造中に現れる中距離の秩序構造がFSDPを生み出す、という説の検証に成功したという。
また、高密度シリカガラスにおける秩序構造の変化のメカニズムを解明するため、圧縮時のリング構造の変形挙動、特にリングのアスペクト比に注目したとのこと。それは、リングの短辺と長辺の比率で表される量だ。その結果、低温圧縮では全リングのアスペクト比が変化するのに対し、高温圧縮では、大きなリングのアスペクト比がより大きく変化して細長くなることがわかる。そして、高温圧縮ではリングの短辺の長さスケールが、小さなリングから大きなリングまで揃うことになり、リングの幅が均一化することで、ケイ素‐酸素共有結合のネットワーク構造中の周期性がより顕著になり、FSDPの発達に寄与していることが明らかになったとする。
研究チームは今回の成果を受け、シリカガラスの微細な構造の解明は、より高速かつ効率的な情報伝達を可能にする新しいガラス材料の研究開発に貢献することが期待できるとしている。