新型コロナウイルス感染症の到来は、オフィスの在り方を再定義する大きなきっかけとなった。
オフィスをなくし完全リモートワークに移行する企業もあれば、あえてオフィス環境に投資しハイブリッドワークを実現する企業もあり、取り組みは十人十色だ。「出社する場所としてのオフィス」の時代は終わり、世界中の企業はオフィスに新たな付加価値を見出そうとしている。
実際に帝国データバンクの調査では、2021年に本社移転を行った企業は、全国で2258社あることが分かっている。また、このうち首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)から地方へ、本社または本社機能を移転した企業は351社もあり、2020年と比較しても2割超の増加になっているという。
今回は、「オフィスをリニューアルした後の運用」について、オフィス家具の老舗メーカーとして事務用品・各種設備を扱い、オフィスデザインのコンサルティングも手掛けるイトーキのワークスタイルデザイン統括部 コンサルティングセンター長の横溝信彦氏に聞いた。
オフィスには正解がない
そもそも、なぜ、この数年でオフィスの移転やリニューアルを行う企業が増加しているのだろうか?
「この10年、首都圏ではオフィスの移転を進める企業は増加していました。その中で、リニューアルを考える企業が増えた一番の引き金は『新型コロナウイルスの流行』です。特に2020年の2~3月あたりの在宅待機に近い緊急事態宣言の時には、『オフィス不要論』がささやかれました」(横溝氏、以下同)
そのような背景の中で、使用していないオフィスのフロア面積をなるべく減らすために、オフィスを縮小する企業がたくさん現われたそうだ。しかし、この「オフィスを縮小させていく」動きは一時的なもので、「withコロナ時代」になると別のリニューアル方法を取る企業が急増したという。
「緊急事態宣言も解除され、withコロナ時代に突入した時、企業が真っ先に考えたのは『どうしたら社員が安全に働けるか』という問題でした。その中で、感染症対策として社員同士の距離を取ることや、デスク間にアクリルパネルを置くことなど、さまざまなリニューアルが行われました」
また、そのようなリニューアルを行うと同時に、オフィスの在り方を考える企業が増加していったという。在宅勤務が長く続いたからこそ、改めて「出社する意義」を見つめ直し、自社にとって最適なオフィスの形を探す企業が増えたのだ。
「結局のところ、オフィスの在り方に正解はありません。トライアルオフィスとして、仮説を立てながら自社にとっての最適解を探すことが、2022年頃から現在に至るオフィスの潮流になっていると思います」
「出社」と「ハイブリッドワーク」 どっちが正しい?
このように「自社にとっての最適解を探す」ことこそが、オフィスをリニューアルする際の目的となっているため、オフィスのリニューアルの方法はさまざまだ。
しかし、横溝氏は、その根底には「イノベーションをいかに起こし続けるのか」という各社共通の想いが込められているという。
「民間企業である以上、最も大切なのは『顧客への価値提供』です。そのために、優秀な人材を確保したり、社員同士でのコラボレーションを発生させたり、ということが重要になってきます。この顧客への価値提供をアップデートしていくためには、イノベーションを起こし続ける必要性があり、そのためには自社にあったオフィスの存在が欠かせないのです」
しかし、オフィスの存在が必須とはいえ、企業によってオフィスに出社するべきかどうかの見解は大きく異なっており、主に「オフィスには出社するべき」と「ハイブリッドワークは当たり前」という2つの意見に分かれているという。
「オフィスに出社するべき」という意見の企業は、漠然とリモートワークを実施している期間中に失われたものがあるのではないか、と考えている企業だという。
リモートワークは実質、性善説に則った制度であるため、すべてのサボりに対処できるわけではない。加えて、コミュニケーションの場の不足により、業務での不具合が起きるケースも想像できる。
そのことを分かっているからこそ、業績に表れているわけではないが、どこかでうまくいっていないのではないかという不安を抱いている企業も少なくないそうだ。
一方の「ハイブリッドワークは当たり前」という企業は、社員の自己実現やエンゲージメントの強化のために、さまざまな働き方に対応できるハイブリッドワークは必須であると考える企業だ。
当然のことながら、横溝氏の言う通り、オフィスの在り方に正解は存在しないため、どちらの企業の考えも正しいと言える。このような会社の考えをもとにオフィスをリニューアルしていくことが重要なのだ。
オフィスを「リニューアルしただけ」で終わらないためには
ここまでオフィスをリニューアルしている企業の背景や潮流を聞いてきたが、「オフィスをリニューアルする際の注意点」はあるのだろうか。
「オフィスをリニューアルする際に重要なのは、『オフィスをリニューアルすることは目的ではなくて手段』だという意識を持つことです。働き方をどのように変えていきたいかを考え、それに向けてどのようなオフィスにしていくかを考える、という手順を取ることがとても大切です」
横溝氏が相談を受ける企業の中には、働き方のビジョンが明確に見えていないが、オフィスのリニューアルを進めたいという企業もあり、その場合は最初に「働き方の理想に向けた入り口の議論」を重ねるという。
加えて、重要なポイントとして挙げられたのは「社員をどのように巻き込むか」という点だ。
オフィスリニューアルの際に良くないケースは、一部の経営陣や一部の社員が机上でオフィスの在り方を決めていってしまうことだという。さまざまな立場のメンバーの意見を取り入れ、そのメンバーたちをオフィスの完成に向けて巻き込んでいくことで、社員にもオフィスの在り方を納得してもらうことができるとのことだ。
そして、横溝氏はオフィスを“リニューアルしただけ”にならないために重要なことは「効果や課題を可視化すること」と「社員の理解を得ること」の2点だと説明した。
「リニューアルして完成したオフィスを、従業員全員がすぐに使いこなすことは難しいです。そのため、従業員にオフィスの機能や使い方を正しく理解させ、活用できるようにすることが大切です。当社でも、リニューアル後は社内セミナーやフィールドワークを定期的に実施したり、アンケートやサーベイを使って利用状況を分析したりするようにしています」(横溝氏)
オフィスの稼働データや従業員の活動データを取ること自体は難しくないが、データを読み解いて次のアクションにつなげることは難しいという。うまく機能させていくには、ある程度社内で影響力のあるメンバーがプロジェクトに加わる、もしくは自社の働き方をデザインしていくチームを作るなどして、社員の向かうべき方向性の舵取りを先導していく権限を1カ所にまとめることが必要だと、横溝氏は語る。
最後に横溝氏は、「今後のオフィスの在り方」について以下のような見解を述べた。
「今後、AIやITが台頭してくる中で、企業が重要視するべきは『自立した多様性のある人材がいかにコラボレーションするか』です。当然、オフィスもその考えにならったものが増えてくるでしょう。オフィスの在り方について真剣に考えることがいかに重要であるか、会社に勤める人や学生たちは気付き始めています。企業はより一層、本気でオフィスづくりに取り組まざるを得なくなってくるでしょう」(横溝氏)