金沢大学(金大)は10月20日、社会的ストレスによるコカイン欲求増大の脳内メカニズムを解明したと発表した。
同成果は、金大大学院 医薬保健学総合研究科創薬科学専攻の齋藤惇大学院生、同・二井谷和平大学院生、同・村田陽香大学院生、同・永崎純平大学院生、同・大学 医薬保健研究域薬学系の金田勝幸教授らの研究チームによるもの。詳細は、神経科学に関する全般を扱う学術誌「Neuropharmacology」に掲載された。
麻薬や覚醒剤などによる薬物依存症の患者数は世界で約3000万人にも上るとされ、多くの国家で社会的に大きな問題となっている。薬物依存症は、一度やめることができてもストレスなどが引き金となって薬物への渇望感が増大し、再び摂取してしまうことが繰り返されるという、高い再燃性が厄介な難治性精神疾患だ。患者本人の健康や人生に加え、周囲や社会への悪影響、さらには経済的損失も甚大であることから、治療薬・治療法の開発は喫緊の課題となっている。
しかし、ストレスによる薬物欲求増大の脳内メカニズムは未解明のため、現時点で有効な治療薬はなく、認知行動療法も極めて少数の専門医療機関での実施に留まっている。そのため、脳内メカニズムを解明し、その知見に基づいた治療薬・治療法の開発が望まれている。
このような背景を受け、マウスなどのげっ歯類で薬物の報酬効果や欲求の強さを計る試験法である「条件付け場所嗜好性試験」に、ヒトの心理社会的ストレスのモデルとしてげっ歯類において用いられる「社会的敗北(SD)ストレス負荷」を組み合わせた独自のマウス実験系を確立し、これまでストレスによるコカイン欲求増大の脳内メカニズムの解明を進めてきたのが研究チームだ。
なお条件付け場所嗜好性試験とは、コカインなどの薬物を投与し、マウスをある環境に配置することを繰り返すと、そのマウスはコカインの報酬効果と環境との関係を学習するようになる。その結果、コカインがなくてもその環境に長く滞在するようになる。この習性を利用し、滞在時間からマウスがどれだけコカインを欲しているのかを計測できる試験だ。一方のSDストレス負荷とは、大型の「ICRマウス」に小型の「C57BL/6Jマウス」を攻撃させることで、C57BL/6Jマウスに負荷をかけるストレスモデルである。
研究チームは今回、ストレスによって伝達が亢進する脳内神経伝達物質の1つである「ノルアドレナリン」(NA)と、その受容体の1つである「α1A受容体」および薬物欲求情報処理に関わるとされる脳部位「内側前頭前野」(mPFC)に着目。独自に開発した実験系を用いて、SDストレスによるマウスのコカイン欲求増大に対する、mPFCでのα1A受容体拮抗薬「シロドシン」(前立腺肥大症治療薬として臨床適用もされている薬剤)の作用を検討することにしたという。
その結果、SDストレスの負荷によりコカイン欲求が増大し、その増大がα1A受容体拮抗薬シロドシンの全身性投与、またはmPFC内局所投与によって抑制されることが確認された。また、mPFCを含む脳スライス標本を用いて、神経細胞同士の情報伝達や神経細胞の活動の程度を解析する「電気生理学的解析」が行われた。その結果、NAはmPFC神経細胞において、情報を受け取った神経細胞が活動を増大させる「興奮性神経伝達」を亢進させること、シロドシンはこの亢進を抑制することが解明された。
シロドシンは、血管から異物が脳に侵入しないようにしている「血液脳関門」を透過しないことが知られている。そのため、脳内に薬物を非侵襲的に送達する方法の1つである経鼻投与により、効果を示すのかどうかが検討された。すると、同投与法によってもシロドシンはストレスによるコカイン欲求増大を抑制することが見出されたとした。
研究チームは今回の成果に対し、将来的にシロドシンの経鼻投与が、ストレスによる薬物欲求増大を抑制するという新たな角度からの薬物依存症治療薬となる可能性が期待されるとしている。